女性ジャズ・シンガーのジーン・リー(ジャンヌ・リー)とピアニストのラン・ブレイクのデュオ・アルバムに、『The Newest Sound Around』というものがあります。名盤ガイドなどで見かける機会も多いレコードですが、シンガーもピアニストも名を聞いた事がなく、ジャケットも古く感じた事から、ずっと手に取らないままでいました。それがあるきっかけで聴く機会に恵まれ、いざ針を落としてみると、あまりの独創性と見事な詩情に打ちのめされました。以降、かなり通好みとも言えそうな、そしてコレクションの容易でないラン・ブレイクの作品を追う事になり、そのたびに大きな発見をして目を見張らされることになりました。
1967年から2005年という長きにわたってニューイングランド音楽院で教鞭を執ったため、ラン・ブレイクがプレーヤーとして一線に立つ機会は決して多いものではありませんでした。しかし彼はサード・ストリーム・ミュージックの支柱として後進を育て、その手本となる作品をいくつも発表しており、バップ以降の芸術音楽方面のジャズにとってのキー・パーソンのひとりともいえるほどの重要人物です。例えれば、バーンスタインやコープランドを育てたクラシックの伝説の音楽教師ブーランジェのジャズ版といったところで、ミュージシャン達は彼をよく知っていて憧れるものの、リスナーは知る人すら少ないというミュージシャンズ・ミュージシャンの特殊な例かも知れません。
今回は、ラン・ブレイクの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただきます。
■Jeanne Lee with Ran Blake / The Newest Sound Around (RCA Victor, 1962)
クラシックにせよジャズにせよロックにせよ、ロマン派系統の西洋音楽を聴いていると、ドミソ和声の長調と短調しかないのかと思ってしまう事があります。ところがこのレコードは、そんなものとは無縁。はじめて聴いた時の衝撃は忘れる事が出来ず、以降何度聴いても新鮮な感動を覚えます。
冒頭曲「Laura」のイントロを聴くや、その独特な和声/旋法体系とその響きや動きに鳥肌がたち、コーラスパートに突入して和声機能を取り戻した瞬間にはため息が出ました。ギル・エヴァンス・オーケストラの斬新きわまるアレンジもよく知られる『Where Flamingos Fly』にも、独特なリハーモニゼーションと構成が施されるなど、よもや歌の中に芸術音楽を見るとは思いもしませんでした。これが20世紀に発表されたジャズ・ヴォーカルのレコードの中でも重要な位置を占めるものである事は、間違いないのではないでしょうか。
なお、ジーン・リーとラン・ブレイクは長い事活動を共にしており、このレコードの他にも、89年にフランスのレーベルOWLから『You Stepped Out Of A Cloud』というレコードを出しています。また、21世紀に入ってからは、66年に行われたストックホルム公演を収めた『Free Standards』というアルバムもリリースされています。
■Ran Blake Plays Solo Piano (ESP, 1965)
幼いころからピアノを習い、ドビュッシーやバルトークの作曲を学んでいたラン・ブレイクの才能に注目したのは、サード・ストリーム・ミュージックの代名詞のひとりでもあるガンサー・シュラーでした。シュラーはブレイクにジャズ学校の夏期講習への参加を勧め、こうしてクラシックとジャズの双方を融合した第3の音楽調流「サード・ストリーム・ミュージック」に次の才能が生まれる事になりました。
『Ran Blake Plays Solo Piano』は、ジーン・リーとのデュオに続くラン・ブレイクのセカンド・アルバムで、ピアノ独奏です。独創性も即興性も強いラン・ブレイクの音楽をリアライズするには、独奏は非常にスマートな形態だったでしょう。それまでの、そしてそれ以降のジャズではあり得なかった和音の響きが随所に聴かれ、アメリカン・ソングフォームとはとても考えられないクラシックなみの劇的構成を音が築き上げている点にも驚かされます。
このレコード以降、ブレイクのアルバムはピアノ独奏が基本フォーマットなっていきました。
■Ran Blake & Anthony Braxton / A Memory Of Vienna (hatOLOGY, 1997)
個人的には、ラン・ブレイクの作品はピアノ・ソロが至高と思っていますが、音のパレットという意味では、楽器独奏は耳に少し寂しいのもたしかです。しかしラン・ブレイクが真価を発揮できるフォーマットで共演するためには、スコアにも即興にも強く、また半音階法をはじめジャズや西洋ポピュラーの枠を離れた和声法や作曲法を身につけている必要があるでしょう。つまり、共演者は限られます。
ブレイクには他の楽器との共演作品がいくつかありますが、その中でもっとも自分の音楽に制限をかけずに演奏する事が出来たのが、アンソニー・ブラクストンと共演したこのレコードではないでしょうか。
全9曲のすべてがスタンダード・ナンバー、しかしそのすべてが再作曲されたと言いたくなるほどのサウンドに満ちていました。ラン・ブレイクもアンソニー・ブラクストンも、エンターテイメントではない芸術音楽としてのジャズの歴史を作った現代ジャズの影の主役。共演を繰り返せば、さらに音楽を深めて素晴らしいものを生み出す事も可能でしょうが、両者の共同作業が今のところこのレコードしかないのは残念です。
■レコード高価買取に関するあれこれ
世紀の傑作『The Newest Sound Around』の62年USオリジナルは、モノとステレオの2種が存在しますが、目立たない表記のため、購入の際は注意が必要です。どちらもプレミア必至ですが、特にステレオ盤は状態が良いとかなりの高額をつける事があります。
『Ran Blake Plays Solo Piano』は、ESPからリリースされた事もあってか、これまたレコードは高額化しやすい傾向があるようです。私はこのアルバムをCDで手に入れましたが、実はレコードは見た事がありません。
もし、ラン・ブレイクのレコードを譲ろうとお考えでしたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。もしかしたら、思わぬ高額買取りをしてくれるかもしれませんよ。