ビバップを生み出したチャーリー・パーカーと共演、ウエスト・コースト・ジャズに繋がる9重奏団、ハード・バップ、モード…モダン・ジャズを先導してきたジャズ・トランペッターのマイルス・デイヴィスは、1968年発表のレコード『Miles In The Sky』で、なんとエレクトリック・インストゥルメントをバンドに導入しました。以降、マイルスの音楽はエレクトリック化を進めてロックに接近。70年代以降に隆盛を極める事になるフュージョンの先駆となりました。しかしその音楽は、フュージョンといって真っ先にイメージされるだろう音楽とはかなり違ったもので、色々な要素が入り混じる、聖も俗も併せ持つ実験精神あふれるものでした。

今回は、エレクトリック時代のマイルス・デイヴィスの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただきます。

■Miles In The Sky (Columbia, 1968)

マイルス・デイヴィスがエレクトリック楽器を導入した初めてのアルバムです。しかし使用は限定的で、ピアノとベースのみ。使用されたのもレコードA面のみで、B面はアコースティック演奏です。

エレクトリック・マイルスを考えると、そこに4つの重要な要素があったように思います。そのひとつは、それまでのジャズとの繋がりです。この時点でのマイルスのバンドに置き換えれば、それはモードやフォース・ビルドといった構造様式やサウンドを求めたジャズという事になります。

ジャズを含む戦後の米ポピュラー音楽に共通する和声は、「ド・ミ・ソ」というひとつ飛びの音の積み方をしています。クラシックで言えば、古典派(モーツァルトなど)からロマン派(後期ベートーヴェンやマーラーなど)が使った和声法です。しかしマイルスがここで使った「ド・ファ・シ」というふたつ飛びの積み方(話を分かりやすくするために基音をドで表現しましたが、実際にはレ・ソ・ド、そしてファ)は、クラシックで言うと印象派(ドビュッシーが有名)という、より新しい音楽で開拓された技法になります。西洋ポピュラー音楽で、20世紀クラシックの和声法に追いついたのはジャズが最初だった、というわけです。

この和音自体が戦後の在野の西洋音楽には無かったものなので、耳慣れない人には響きも新鮮です。ところで、この響きの新鮮さをより持続させるにはどうすれば良いのでしょうか。解決策のひとつは、単純に楽器の音自体の持続時間を長くしてしまう事です。エレクトリック化の理由のひとつは、ここにあったのではないでしょうか。この「特定の和声イメージの持続」というコンセプトは、よりシンプルな形となって、以降のエレクトリック・マイルスに残り続けます。

このレコード唯一のエレクトリック使用曲「Stuff」を聴いて感じるのは、エレクトリック化、リズム・フィギュアのロック化、そしてフォース・ビルドの使用です。つまり以降に続くエレクトリック・マイルスと、この時点まで追い求めてきた音楽の折衷であって、マイルス・デイヴィスの音楽が変化していくその瞬間をとらえたレコードといえるのではないでしょうか。

■In a Silent Way (Columbia, 1969)

以降のマイルスの活動と合わせて考えるに、このアルバムが本格的なエレクトリック・マイルスのスタート地点と言えそうです。このレコードで特に目立つのは、エレクトリック・マイルス4つの重要要素のふたつ目、ロックではないでしょうか。

ジャズの大本流にいたマイルスがなぜエレクトリック・バンドを結成したのかは、色々な説があります。そのひとつが、当時のマイルス夫人であった歌手/モデルのベティ・メイブリーとの関係です。ジミ・ヘンドリックスやスライ・ストーンと親交のあった彼女が、マイルスにロックを聴かせ、サイケデリックなファッションを推奨したと言われています。他の理由としては、67年のジョン・コルトレーンの死で、ハード・バップ以降にジャズが進んできた芸術音楽としてのジャズの勢いが失われた事もあったのでしょう。いずれにせよ、ここでマイルスがロックを意識したのは明らかでした。

このレコードは、エレクトリック・インストゥルメントをふんだんに使い、長時間に及ぶインプロヴィゼーションがどこに行き着くでもなく、ある種呪術的に鳴り響きます。半分にはフリー・ジャズを含むインプロヴァイズド・ミュージックとしてのジャズの最新型、半分にはサイケデリックなロックへ意識があった音楽ではないでしょうか。

■Bitches Brew (Columbia, 1970)

69年『In a Silent Way』以降のエレクトリック・マイルスの音楽には特徴があります。モードに繋がる特徴的な和声イメージを元に、バンドがインプロヴィゼーションを行い、その上でマイルスがメロディの花形としてアドリブを行います。つまり、マイルスは和声イメージとリズムだけ指示したら、あとは上に乗っかっているわけで、実際のセッション・リーダーは他にいるわけです。代表作の評判も高いこのレコードでその役を果たしたのがギターのジョン・マクラフリンで、彼こそが初期エレクトリック・マイルスの立役者でした。

ジャズ・ミュージシャンによるロックを取りこんだセッションの中で、サウンド面でも意識面でもロック的ともいえる粗暴でアグレッシブなアプローチをしていくマクラフリンは、やはり光ります。このアルバムには「John Mclaughlin」という名の曲すらありますが、その曲などはほとんど弾き倒しです。マイルスが一度活動を停止するまでのバンド・メンバーの中でもっともロック的であったのも、マクラフリンだったのではないでしょうか。

■Jack Johnson (Columbia, 1971)

ジャック・ジョンソンとは20世紀初頭に活躍したアフリカン・アメリカンのボクサーです。このレコードは彼のドキュメンタリー映画のサウンド・トラックです。強烈なファンク・ビートの上に乗るマクラフリンのギターが鮮烈で、私は本物のファンクよりも過激で刺激的と思っています。

エレクトリック・マイルス4つの重要要素のうちの3番目は、汎アフリカン・アメリカンの音楽の構想。ベトナム戦争への反戦ムードや黒人差別に対する自由民権運動などが高まった60年代後半のアメリカ社会の中で、アフリカン・アメリカンは振る舞い自体に意味を問われます。プロボクサーのモハメッド・アリも、ロック・ミュージシャンのジミ・ヘンドリックスも、単に強いボクサーやイノヴェーショナルなミュージシャンでは通らず、少しでも間違えると「白人に媚びるアンクル・トム」と言われかねません。マイルスが接近したロックが、カントリーロックでもハードロックでもなくファンク色の強いものであった事には、音楽的な趣味嗜好以外の意味もあったのだと思います。

■Miles Davis at Fillmore (Columbia, 1970)

70年に行われたエレクトリック・マイルスのライブ録音です。メンバーからマクラフリンが抜け、セッション・マスターの役割をチック・コリアが果たします。

ここに、エレクトリック・マイルス4つ目の特徴であるフリーやインプロヴィゼーションの特徴が露骨に出てきます。

マイルスのエレクトリック・バンドに参加する直前のチック・コリアとデイヴ・ホランドは、『IS』というレコードに集約された有名なセッションや、アンソニー・ブラクストンと組んだ「サークル」というグループで、超最新形の即興音楽を創り出していました。

一方この頃のマイルスは、先に書いた「Stuff」のような複雑な和声イメージから、このイメージを保ったまま強度の持続する即興を要求します。マイルスにとって、生涯最高の即興音楽を作り上げていた頃のチック・コリアとその周辺のミュージシャンは、自分のイメージする音楽を形に出来る最適解と移ったのではないでしょうか。この出会いによって生まれた音楽は、ロックやエレクトリックという側面以上に、フリー・ジャズやモードといったそれまでのジャズの前線を引き受ける価値を持っていました。ここが、この後に成立していくアメリカン・ポップスの亜流としてのフュージョンとの最大の差だったのではないでしょうか。

私がエレクトリック・マイルス最高到達点と思うレコードがふたつあって、ひとつがこれ、もうひとつがほぼ同一メンバーによる『Black Beauty』です。いずれも、チック・コリアとデイヴ・ホランドを含む70年のライブです。

■レコード高価買取に関するあれこれ

なにせモダン以降のジャズを代表するミュージシャンだけに、大手レコード会社であるコロンビアと契約して以降のアルバムは、どのレコードも世界中で流通し、手に入れにくいものがありません。それが面白い現象を起こしてもいて、USオリジナルは高額である一方、それがUSオリジナルではないレコードと同等の比較的手に入れやすい価格で流通する事も普通にあるという現象を起こしています。

たとえば『In a Silent Way』のUSオリジナルは、2万円を超す値をつける事がある一方で、手ごろな価格で入手出来てしまう事もあります。なお、60年代後半から70年代初頭はまだデジタル録音もデジタル・マスターも始まっていないため、マスター差による音質差は、かなりはっきり分かります。ただし、『In a Silent Way』はかなりサイケデリックな内容なので、私個人は音に違いがあるからといってそれが即優劣に繋がっているとは感じませんでした。日本盤の音も音楽に合った浮遊感があって好きです。

『Miles Davis at Fillmore』は、CDでは細かくトラック分けされましたが、LPレコードでは演奏日ごとに「Wednesday Miles」などと曜日付けだけされ、レコードの片面1曲という構成でした。このレコードは世界発売されましたが、70年リリースのものは、プレミアとはいきませんが、日本盤もUK盤もいまだに人気が高いです。

もし、エレクトリック時代のマイルス・デイヴィスのレコードを譲ろうとお考えでしたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。思わぬ高額買取りレコードになるかもしれません。

■関西買取.com編集部がおすすめする高価買取レコード店をご紹介します

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マイルスに関しては最新リマスターBOXものなど、最近発売ラッシュですよねー。当編集部員も発売を心待ちにしている次第でございます。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう。