1970年代後半、日本の歌謡音楽シーンで「ニューミュージック」と言われる音楽が流行しました。漠然とした定義のため、ニューミュージックとそうでない音楽の線引きは難しいですが、大雑把にいえば「それまで日本の大衆音楽の中心にあったフォーク・演歌・歌謡曲レコードと違い、リアルタイムな洋楽に近いサウンドアレンジを施した音楽」をすべてひっくるめてそう呼んだと定義する事も可能かもしれません。サーカスも、そうしたニューミュージックのサウンドイメージを持つグループでした。

サーカスは、実の姉弟を含む4声コーラス・ユニットです。長い活動の中で何度かメンバーチェンジがありましたが、男2女2という編成は変わりません。70年代末で男2女2のコーラスというとABBAを思い浮かべますが、サウンドはクロスオーヴァーに近く、むしろマンハッタン・トランスファーに近いコンセプトのグループだったといえるかもしれません。少し前まではフォークか歌謡曲が大半だった日本の大衆音楽シーンにそうしたグループが現れたのですから、それはたしかに「ニューミュージック」でした。メインヴォーカル叶正子の高い歌唱力、そしてグループの見事なコーラスワークは、いまだにJポップ最高峰のコーラスグループと言えるレベルです。

今回は、そんなサーカスのアルバムのうち、特に名盤・名作レコードと思えるものを紹介させていただきます。

■サーカス1 (Alfa, 1978)

サーカスのデビュー・アルバム・レコード盤です。このアルバムに収録された「Mr.サマータイム」が化粧品メーカーのCMに使われて大ヒット。グループの出世作となるばかりか、サーカス最大のヒット曲ともなりました。「Mr.サマータイム」を含むすべての曲がカバーで、AORの大名曲であるボズ・スキャッグス「ふたりだけ」、フレンチポップの名作「愛で殺したい」も収録されています。

コーラスのパフォーマンスの高さもさることながら、サウンドや4声コーラスを含む楽曲のアレンジレベルの高さに驚かされるアルバムです。アレンジはすべて前田憲男。最高峰と言えるコーラスワークを持つグループが、フォーク全盛時代にAORやフレンチ・ポップを含む同時代の洋楽をカバーし、そのアレンジにジャズも管弦楽法も修めたプロフェッショナル・アレンジャーが起用されて制作されたアルバムというわけで、これで名作にならないはずがありません。素晴らしいアルバムです。

■ニュー・ホライズン (Alfa, 1979)

ヒット曲「アメリカン・フィーリング」を含む79年発表のセカンド・アルバムです。70年代末~80年代のニューミュージックを支えたミュージシャンに荒井由実やYMOがいますが、サーカスを含めた彼らの共通項は、レーベルがアルファである事です。「アメリカン・フィーリング」のアレンジはYMOに参加していた坂本龍一が担当しており、これが日本レコード大賞で編曲賞を受賞、坂本龍一のポップス系の活動の幅が広がりました。

今から思えば、このアルバムは80年代Jポップのサウンドメイクを先駆けたものでした。参加ミュージシャンの名前を一部抜き出すと、坂本龍一、鈴木茂、細野晴臣、高水健司、細野晴臣、村上ポンタ秀一、高橋幸宏、斎藤ノブなど。フュージョン/クロスオーヴァーに対応できる日本最高峰のスタジオ・ミュージシャンの名がずらりと並びます。善悪はともかく、ここから数年遅れて、日本のチャート音楽はアイドル歌謡を含めてこのアルバムと同傾向のサウンドメイクをするようになり、洋楽との距離を一気に縮めることになります。

■ワンダフル・ミュージック (Alfa, 1980)

80年発表のサード・アルバム・レコード盤は、ニューヨーク録音。アレンジャーに、マイケル・ブレッカーやスティーヴ・ガッドらとの共演で共演フュージョンのヴィブラフォン奏者マイク・マイニエリを迎えて制作されました。演奏、録音技術、4コースのコーラスアレンジなど、トータルなサウンドでは、83年発表の『Cool Love』と並ぶサーカスの最高傑作ではないでしょうか。

英米のポピュラー音楽の場合、大概はすべてをスコアに書く事はありません。アレンジと言っても、ホーンやストリングスなど部分的には細かくスコア化されるパートもありますが、フォー・リズムなどは、大事な部分だけスコアに書き、それ以外は即興、もしくはヘッドアレンジでセッション中に指示が出される事がほとんどです。こうした形で演奏が行われる場合、どこで主題を変化させ、どこでカウンターラインを作るかなど、大まかにデザインされた音楽を具体的な音にして躍動させていくのはプレイヤーの器量になります。こうしたフォルムの中でリアリゼーションを行う場合、少なくとも80年時点では日本とアメリカでは大きな差があったという事でしょう。アレンジもリアリゼーションも、クオリティが段違いに高いです。

それだけのバックトラックの前で、サーカスのコーラスワークは引けを取らない見事さです。山下達郎や矢沢永吉など、70~80年代のアメリカ録音で現地ミュージシャンに手を抜かれたのではないかと思われる日本人ミュージシャンのレコードは色々とありますが、このアルバムでアメリカ人ミュージシャンが実力を存分に発揮したのは、彼らがサーカスのコーラスを高く評価したからだったのかも知れません。

■デビュー作から高い完成度を持つ日本最高峰のコーラス・ユニット

今回取り上げた作品だけでも、サーカスのアルバムはそれぞれカラーが違います。そのなかで共通しているのは完璧なコーラスワークとメインヴォーカルの素晴らしさです。一歩先を行くアダルトな音楽性が災いしたか、年を追うごとに低年齢向けになっていく日本のチャート音楽の中にあって、サーカスは次第にチャートにあがらなくなり、彼らの音楽は固定ファンの支える状況になっていき、レコードも再発があまり進まない状況です。しかし音楽やパフォーマンスのクオリティの高さは間違いなく、再発の遅れが旧譜入手の難しさに繋がり、価格が上がり始めている状況です。

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