60年代後半から70年代は、日本のフリージャズがもっとも活発だった時代でした。その時期に活躍したアルト・サックス奏者が阿部薫です。苛烈さと抒情をあわせもった独特な表現の演奏を行い、その音はレコード『解体的交感』に記された本人の言葉「そこでは全てが現れ俺は目くらになり俺を聞いた者は死ぬ」という言葉が決して過剰ではないと思うほどでした。

日本のフリージャズはのちに海外で高く評価されるようになり、高柳昌行、富樫雅彦らと並んで、阿部薫はビッグネームになっていきますが、その頃すでに阿部薫は薬物の多量摂取で他界していました。作家の鈴木いずみを妻に持ち、29歳の時に夭折という人生もドラマチックで、多くの関連書籍が出版され、伝記映画まで制作されました。

今回は、音楽以外のところでも伝説化している阿部薫のアルバム・レコードのうち、名盤の評価を受けるとともに、高額での買い取りが見込めるレコードを紹介させていただきます。

■ニュー・ディレクション / 解体的交感 (SCI, 1970)

東京の小さなライブハウスで自主公演を続けていた一青年だった阿部薫が、一気に日本人ジャズの第一線という舞台に上がったのは、ギタリスト高柳昌行の主宰するニュー・ディレクションへの参加がきっかけでした。高柳昌行といえば、黎明期の日本のジャズで知らぬ者はいないビッグネームで、70年代にはフリージャズを演奏するところまで音楽を先鋭化させていました。このレコードは音盤のうえでは阿部薫のデビューとなるもので、高柳昌行と阿部薫のデュオ演奏です。

凄まじいスピードと轟音で繰り広げられるフリー・ミュージックのため、ジャズのみならずロック方面からも「日本のノイズの走り」という見方がされる事があるようです。そういう音楽であるため、熱狂的なファンがいる一方で万人向けとは言えず、これがプレミア盤としての価値を作っていく一因となったのかも知れません。1990年ごろ、私はこのアナログ盤を見かけたことがありましたが、10万円を超えるプレミア価格で手を出すことが出来ませんでした。そして2020年7月26日にYahooオークションでマトリクスa883/a884が落札された際、その落札価格は40.1万円となりました。CD化もされていますが、初CD化の際のマスタリングは音が劣悪なため、音の面でもオリジナルのアナログ・レコード盤に人気が集まるのは理屈に合っているのかも知れません。

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■阿部薫 / なしくずしの死 (ALM, 1976)

阿部薫が生前に発表したアルバムの数は少ないです。セッションに参加したものや、本人の許可なく海賊版として発表されたものを除くと、『解体的交感』とこのアルバムだけではないでしょうか。こうした経緯からも、またその音楽の内容からも、阿部薫のアルバムを1枚だけ聴くのであれば、これを聴くのが正しい選択ではないかと思います。

1975年録音で、ライブを含むふたつのセッションから成っています。アルト・サックス独奏の2枚組に黒ジャケットという装丁は、フリージャズにおけるアルト・サックス独奏のアルバムの嚆矢となったアンソニー・ブラクストン『For Alto』を意識したものかも知れません。アルバムタイトルはセリーヌの小説の引用ですが、ミシェル・シモンによる「なしくずしの死」の朗読から始まるアルバム冒頭から圧巻です。ものすごい速度感を持つ演奏が続き、『解体的交感』の頃より明らかに飛躍した演奏、日本フリージャズの名盤レコードにふさわしい内容でした。

元々のプレス数が多くなく、オリジナルのアナログレコード盤は数万円の値がつく事が通常です。のちにCD化もされましたが、これはアナログ盤からの盤起こしで、チリパチのノイズが入っているなど状態の良いものではないため、物としての価値だけでなく、音としても出来ればアナログレコード盤で聴きたい一枚かと思います。

■ABE-TOYOZUMI-DUO / OVERHANG PARTY  (ALM, UR-2W, 1979)

阿部薫と豊住芳三郎のデュオの録音、2枚組です。1978年8月に行われたふたつのライブを収録しています。

1978年に29才という若さで夭折した阿部薫ですが、残された78年には、サックス以外の楽器を数多く演奏しています。このレコードもそうで、アルト・サックス、アルト・クラリネット、ギター、ピアノ、ハーモニカを演奏しています。さすがに和声的な音の構造化は出来ていませんが、デュナーミクや音色面での表現力は、お世辞抜きにどの楽器も見事で、チャンス・オペレーションによるフリー・ミュージックとは一線を画しています。

阿部薫の命日が1978年9月なので、これは死の直前のパフォーマンスという事になります。そしてリリースは翌1979年、追悼盤という意味もあるレコードでした。ALM(コジマ録音)は、本作や『なしくずしの死』の他にも阿部薫と吉沢元治のデュオのアルバムを発表していますが、いずれもオリジナルのレコード盤は万単位の価格がつく人気盤になっています。

■日本のフリージャズの歴史に残る名盤の数々

フリージャズや現代音楽のレコードは、聴き手を選ぶという意味で生産数が少なくなることが多いため、後に高額化する事があります。阿部薫のレコードはこの条件に入り、マスターテープが紛失している事もあって、数百枚だけ作られたというオリジナル盤が、年を重ねるごとに高額化しているのが現状です。

もし、阿部薫のレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門のレコード買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。