67年のデビューから77年までの10年間、ジャズ・ギタリストのパット・マルティーノはほぼ毎年レコードを発表し続ける人気ぶりでしたが、70年代末より突如として作品を発表しなくなりました。理由は脳動脈瘤という大病によるもので、マルティーノは記憶を失い、ギターの弾き方すら忘れてしまったそうです。普通の生活すら危ぶまれる状況で大手術に挑んだ彼が復活を果たし、11年ぶりに発表したレコードが87年発表の『The Return』でした。そしてこのレコード、ギタリストとしての能力を問われるギター・トリオという編成で録音されたパット・マルティーノ生涯唯一の作品でもありました。

今回は、パット・マルティーノの奇跡の復活作『The Return』(日本タイトル『バック・イン・ニューヨーク – ライブ・アット・ファット・チューズデイズ』)を取り上げさせていただきます。

■生涯ただ一度のギター・トリオ録音!

多くの楽器はアンサンブルを前提に作られたもので、合奏の一部を担います。たとえば、ヴァイオリンは室内楽の高音部やメロディパートを担う、といった具合です。しかしひとりでメロディ/ハーモニー/バスというアンサンブルを成立させてしまう万能楽器があり、ピアノとギターはその代表格です。

しかし、ギターでそれを実現するのは簡単ではありません。例外はあるものの概してフォークやボッサはハーモニーのみが多く、ロックなどメロディのみを担当するギターを用意する音楽も多く、ギタリストひとりがすべて演奏する音楽はクラシック・ギターやフラメンコなど、決して多くはありません。

ジャズは両者の中間ぐらいで、人によります。ジョー・パスやジム・ホールのようにひとりアンサンブルを実現しているジャズ・ギタリストはむしろ少数派で、旋律重視、よくてバスと旋律というシステムを作っているギタリストが多いようです。ウェス・モンゴメリーの演奏をベースに自分のギター・メソッドを築き上げたであろうパット・マルティーノは旋律優位で、リーダー作であっても常に鍵盤楽器やギターといった和声楽器の伴奏者を伴っていました。

そんなパット・マルティーノが本作で選んだ編成は、伴奏楽器を排したギター・トリオでした。少なくとも和音とメロディは一人で演奏する必要があります。パット・マルティーノが、ギタリストの能力を問われるこの編成でアルバムを録音したのは後にも先にもなく、生涯唯一です。

■技術的にはマルティーノの最高到達点

そしてその演奏は超絶でした。パット・マルティーノは高速でのポジション・チェンジを要求するギターでの高速アドリブを実現するため、「マイナー・コンバージョン」という独自の演奏システムを用いています。その兼ね合いもあって、通常のメロディと和音の組み合わせが出来ません。そこで独特な方法でメロディと和音の両立を図っており、パット・マルティーノのギタリズムの頂点をなすレコードとなりました。

バンドも見事でした。ジョーイ・バロンを含むトリオのアグレッシブな演奏は、技術だけに頼らない熱気あふれるもので、マルティーノの復活をより強く印象付けるものでした。

■『The Return』レコード高価買取に関するあれこれ

このレコード、音があまりよくありません。編集点もはっきりと分かります。思うに、ライブの記録としてPAアウトを録音しておいたものが、思った以上に良い演奏だったので急遽リリースした、といった事情があったのかも知れません。

87年というと、すでにCDがレコードの販売数を上回った時代。本作のレコードが生産されたのは初回発売時のただ1度で、オリジナルUS盤以外のレコードは存在せず、CD以外での復刻もされていません。つまりレコード盤はとても貴重なのです。

録音は良くない、しかし演奏は見事、だがリタイアから復帰したばかり、しかし数が少なく貴重…プラスとマイナスが混在するレコードなので、安く手に入る事もあれば、なかなかの値をつける事もあります。ただ、人気ミュージシャンの極端に数が少ないオリジナル・アルバムである事はたしかなので、今後は値をあげていくことになるかも知れませんね。

もし、パット・マルティーノのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。