1950年代前半、朝鮮戦争をはじめとした代理戦争の勃発で不況にあえぐ東海岸をしり目に、朝鮮戦争のための軍需産業につられて西海岸が活況を呈しました。ジャズではビバップの熱気もおさまりかけていましたが、この西海岸から新しいモダン・ジャズの流れが起こります。その嚆矢となったのがバリトン・サックス奏者のジェリー・マリガンが作った室内楽ジャズでした。それは戦争に沈んだヨーロッパの室内楽文化を大衆音楽のうちに再生したかのような知的な音楽で、知性あふれるウエストコースト・ジャズの歴史はジェリー・マリガンをきっかけとして一気に黄金期へと突入します。

今回は、ジェリー・マリガンの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただこうと思います。

■Gerry Mulligan Quartet (Pacific Jazz, 1952)

モダン・ジャズのリスナーでこのレコードに触れた事のない人はいないでしょう。チェット・ベイカーを含む伝説のピアノレス・カルテットの大名盤です。ピアノレス化してコード伴奏を排し、チェット・ベイカーのトランペットと自身のバリトン・サックスの2管を対位法的に絡めることによって、和音プラス旋律という極めてシンプルなモノフォニーであったジャズをポリフォニー化した音楽です。それでいて音楽はレイドバック感あふれる心地よさを残して難解にならず、ジャズ特有のソロイストに寄るアドリブ演奏も堪能できる洗練された大衆音楽の完成でした。ウエストコースト・ジャズは、初期の段階ですでに洗練を極めていた事になります。

ジャズの歴史に残る有名すぎるレコードですが、リリース時は8曲入りの10インチレコードで、有名な割に入手困難でした。プレスマスターを何度も作らなければならない都合から、アナログのレコードは早いプレスのものほど音の劣化が少ないという特性を持っていますが、希少価値だけではなくこうした音へのこだわりがこの10インチのオリジナルUS盤のプレミア化に拍車をかけたのでしょう。状態さえ良ければ高額での買取り必至のレコードです。なお、10インチ盤は同タイルで内容違いの第2集もあります。

この伝説のレコードを見事な形で復刻したのが日本で、マスターテープを発掘して1集2集をまとめ、さらに未発表音源を加えたCD化が行われました。ジャズ熱の高さと職人気質の根気ある作業が為しえた素晴らしい仕事ですね。

■Stan Getz, Gerry Mulligan / Getz meets Mulligan in Hi-FI (Verve, 1957)

ジャズの名門レーベルであるヴァーブはセッションものの録音を数多く残し、スタープレイヤーふたりを共演させる企画も数多く行いました。これはスタン・ゲッツとジェリー・マリガンというウエストコースト・ジャズの名プレイヤーの共演盤で、プレイヤーとしてのジェリー・マリガンを堪能することができます。

リラックスした心地よい音楽が終始流れ続け、ゲッツやマリガンのアドリブも堪能できます。しかしさすがはマリガン、それだけでは終わらずにテーマ部分でもアドリブ部分でも主旋律を演奏するゲッツにカウンターメロディをつけていくシーンがあり、単なるアドリブ演奏家ではなく、音楽全体を見渡せるトータルな音楽家であることが分かります。

これも昔から人気のあるレコードで、180g重量盤をはじめ、各国で何度となく再発されてきました。状態が良ければ度のレコードも一定以上の価格が期待できますが、やはりUSオリジナルは人気が高く、特に57年モノ盤(57年ステレオ盤もあります)は1万円越えの高額で取引されているようです。なお、このレコードには『Gerry Mulligan Meets Stan Getz』という姉妹盤もあります。

■The Gerry Mulligan Quartet / What is there to say? (Columbia, 1959)

チェット・ベイカーを含む伝説のピアノレス・カルテットの成功から、ジェリー・マリガンはメンバーを変えて何度もピアノレス2管のカルテットを結成しました。音楽面から見たその白眉と言えるのがこのレコードで、マリガン(b.sax)、アート・ファーマー(tp)、ビル・クロウ(b)、デイヴ・ベイリーという布陣です。

特質すべきはアート・ファーマーとビル・クロウの演奏能力の高さで、緻密なアンサンブルを成立させるピッチとリズムの良さは正規の音楽教育を受けたプレイヤーならではの見事さで、同時代のイーストコーストでこれを実現するのは難しかったレベルではないでしょうか。ジャズならではのアドリブ能力も素晴らしく、ジェリー・マリガンが完成させた室内楽ジャズの音楽的頂点はこのレコードではないかと思わされる素晴らしさでした。

■Gerry Mulligan / Night Lights (Philips, 1962)

ウエストコースト・ジャズの衰退は、ハリウッド傘下で産業化し過ぎて音楽自体がつまらなくなった事、東海岸でハードバップ人気を集めた事など色々あったでしょうが、ジェリー・マリガンのみならずチェット・ベイカーやアート・ペッパーといったシーンを代表するプレイヤーがこぞって麻薬禍に見舞われて離脱した面もあるでしょう。このレコードはブームが去った後に発表された1枚ですが、ブームとなった50年代のジェリー・マリガンの音楽では聞く事が出来なかった美しさがあります。本作でジェリー・マリガンはピアノも弾いているのですが、ジム・ホールのギターとともに、鈴の音ではないかというほどに音色だけでも心を奪われてしまうほどの美しさです。

■買取り人気レコードはウエストコースト・ジャズ全盛の50年代、しかし以降も見事な音楽がいっぱい

ジェリー・マリガンのレコードの人気はやはりウエストコースト・ジャズ全盛の50年代で、今回はその時期のレコードを中心に紹介させていただきました。しかしマリガンは西海岸のジャズ・ブームが去った後も素晴らしい仕事をたくさん行っています。オーケストラ作品など、とてもスコア・リーディングとアドリブの練習という月並みなジャズの学習をしていただけでは出来ない挑戦もしているのですよね。ウエストコースト・ジャズと言うと、アート・ペッパーやチェット・ベイカーというプレイヤーに目が行きがちですが、あの知的な音楽を支えた本当の主役は、ジェリー・マリガンやチコ・ハミルトン、あるいはデイヴ・ブルーベックといったアレンジャーにあったのではないでしょうか。

もしそんなジェリー・マリガンのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。