フュージョン以降となるとまた別ですが、スイング時代からモダン・ジャズ全盛の50~60年代にかけての女性ジャズ・ヴォーカルは、アフリカン・アメリカンと白人で明らかに違います。ダイナ・ワシントンやサラ・ヴォーンなど、アフリカン・アメリカンの女性ヴォーカルはゴスペルから影響を受けたかのような張った声でシラブルを強く意識して歌うのに対し、クリス・コナーやヘレン・メリルなどの白人のフィメール・ヴォーカリストは声量を犠牲にしても倍音を生かした声を作り、メリスマに歌う事に優れた人が多いです。これは、前者がビッグバンドの中でエンターテイメントなジャズを歌う機会が多く、後者が都市部のホワイトカラーの癒しとしての音楽を求められる機会が多かったなど、両者に求められるものの差から生まれたものなのかも知れません。

そして、モダン・ジャズ最盛期の白人ジャズ・ヴォーカリストの最高峰だと私が信じて疑わないのが、アニタ・オデイです。リズム音楽であるジャズの速い進行の中で、語尾に様々なメリスマ表現をつける彼女の歌の素晴らしさは、時としてニュアンスだけに偏りがちな白人ジャズ・ヴォーカルの中にあって、実力と表現を兼備した素晴らしいものでした。

今回は、アニタ・オデイのアルバムの中で、名盤の評価を受けるとともに、高額での買い取りが見込めるレコードを紹介させていただきます。

■An Evening with Anita O’Day (Norgran Records, 1955)

ビッグバンドによるスイング・ジャズ全盛期、アニタ・オデイはジーン・クルーパ楽団、ウディ・ハーマン楽団、スタン・ケントン楽団など、名だたるバンドを渡り歩いた名シンガーでした。ほどなくして時代はモダン・ジャズ全盛期となり、バンドはスモール・コンボ化、アンサンブルよりも個人技に注目が集まる時代へと移行しました。

そんな時代に、個人技に優れる女性シンガーだった彼女に注目したのが、ジャズの名プロデューサーだったノーマン・グランツ。彼はアニタ・オデイを録音し続けましたが、これは、ノーマン・グランツがヴァーヴ・レコードを設立する以前に録音したアニタ・オデイの5枚のアルバムの最終作です。

伴奏はピアノ・トリオまたはそれにギターの加わった小編成。プレイヤーにはジミー・ロウルズやバーニー・ケッセルという歌心あふれる名プレイヤーの名が並びます。これがムードやニュアンスに優れる白人女性ジャズ・ヴォーカルの表現に見事にマッチしていて、ため息が出るほどに素晴らしいです。アニタ・オデイの伝説はここからで、個人的には、人気盤『This is Anita』よりも数段上の音楽だと思っています。

本作にはいくつかのバージョンがあります。55年発表のNorgran Records盤がオリジナルですが、ノーマン・グランツがヴァーヴ・レコードを設立すると、このレコードはヴァーヴのカタログに組み込まれて再発される事になりました。また、日本のジャズ人気に乗り、日本グラモフォンから発売されたこともあります。オレンジラベルが美しいNorgran盤は1万円越えなど当たり前の高額、その他のヴァーヴによる各国のライセンス盤も、相応の価格で取引されています。ただ珍しいだけでなく、音楽もジャケット・デザインも素晴らしいところがいいですよね。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

■Pick Yourself Up (Verve, 1956)

1956年にヴァーヴ・レコードを設立すると、ノーマン・グランツは矢継ぎ早にアニタ・オデイの録音をして、アルバムを次々に世に送り出しました。これはその第2弾で、スモークコンボとビッグバンドのふたつを歌伴にした名盤レコードのほまれ高い1枚です。

このアルバムからしばらくのアニタのアルバムは、ヴォーカルのコンディションが素晴らしく、どれも外れがありません。中でも特にこのアルバムが優れていると感じるのは、映画『真夏の夜のジャズ』で披露した「Sweet Georgia Brown」が入っているからかも知れません。この曲は、特に彼女のフェイクやインプロヴィゼーションを含めたヴォーカリゼーションが素晴らしいです。

本作に限らず、50年代のアニタ・オデイのVerve USオリジナル盤は、どれも高額で取引されています。また、この時代のアニタのアルバムは、国によってジャケット違いでリリースされている事もあり(例えば、『Anita Sings the Most』の日本盤ジャケット違いなど)、これは高くなったり安くなったりと様々のようです。

■The Lady Is A Tramp (Verve, 1957)

ピアノ・トリオなど小編成での歌伴の名盤が、先述の『An Evening with Anita O’Day』やオスカー・ピーターソン・トリオ伴奏の『Anita Sings the Most』なら、大編成伴奏の最高傑作として本作を挙げたいです。このアルバムはいくつかのセッションを集めたアルバムですが、とにかく1曲目の「Rock’n Roll Blues」の爽快さが強烈で、大編成のイメージが強いのですよね。それもそのはず、リリースこそ57年ですが、音源はどれも52年のものが集められています。スウィング期からモダン・ジャズ期へと変化していく時代のジャズの雰囲気が、また素晴らしいレコードです。

音楽的には素晴らしいのですが、『Pick Yourself Up』と『Anita Sings the Most』という2枚の大名盤に挟まれた本作は、当時そこまでの人気を獲得できなかったのかも知れません。そのために再発の回数も少なく、それが逆にレア度を高める結果となりました。なんと再発したのは日本だけで、オリジナルのUS盤は57年に発売されたきりで高額。日本盤もアナログ盤は高額、CDは高額化こそしていませんが手に入れやすいとはいいがたく、いずれ高額化しそうな雰囲気があります。

■55~58年のアニタ・オデイのレコードに外れなし!

今回紹介したレコード以外でも、57年『Anita Sings the Most』、58年『Anita O’Day Sings the Winners』、59年『At Mister.Kelly’s』と、50年代中期から後期のアニタ・オデイのレコードには音楽的に外れがなく、ヴォーカルのコンディションも最高です。ところがこの後、彼女はヘロインに酒にと体調を崩し、50年代の輝きを取り戻す事はついにありませんでした。これだけの素晴らしい歌を残した人なだけに、合衆国音楽界に蔓延していた麻薬文化はつくづく残念なことだと思ってしまいます。

USオリジナル盤ならわかりやすいですが、ジャケット違いとなる日本盤などは、アマチュアでは高額かどうかの判断が難しいのが、ジャズのアルバムでもあります。もし、アニタ・オデイのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かるレコード専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。