エラ・フィッツジェラルドらとともに女性ジャズ・ヴォーカリストの代名詞として知られるビリー・ホリデイは、第1次世界大戦下の1915年に生まれたアフリカン・アメリカン。両親は15歳と13歳で結ばれ、ジャズ・ギタリストであった父はビリーを認知せず、売春で生計を立てる母はビリーにまで手が回らず。こうしてビリーは親族をたらいまわしにされて育ち、ついにはカトリック系の養護施設に預けられます。そんなビリーは15の頃にはニューヨーク・ハーレムのナイトクラブに出入りするようになり、そこでシンガーとして仕事を取るようになります。ここから、のちに「レディ・デイ」と呼ばれてジャズの伝説を築いた女性の音楽人生の道が開かれました。
今回は、そんなビリー・ホリデイがはじめて発表したアルバム『Billie Holiday』(邦題:奇妙な果実)を取り上げさせていただきます。
■ジャズだけでない!ブルース、黒人霊歌など、さまざまな米国アーリータイム黒人音楽が融合
ジャズの歴史的名盤として知られる1947年発表のレコードですが、録音自体は39年のセッションを多く含みます。そこからはジャズだけでなく、ブルースや黒人霊歌など、さまざまな合衆国アフロ・アメリカン音楽を聴きとることが出来ます。
黒人霊歌は、奴隷労働力としてアフリカ大陸から連れてこられたアフリカン・アメリカンが教会で歌った歌ですが、厳しい環境にあった人たちの歌にもかかわらず幸福を歌ったものが少なくないです。これは幸福だったのではなく、苦しいからこそ厳しい中にもあるささやかな幸福に感謝しようというあらわれのように感じます。このレコードも、黒人霊歌と同じような心情が感じられます。
15歳にして歌で日銭を稼ぐようになった彼女の歌手人生は、黒人を理由にしたステージ拒否や麻薬禍など、最後に不幸な結末を迎える事になりましたが、そんな生活にもささやかな幸福はあったのでしょう。保護施設に入れられていた少女が歌で収入を得ることができるようになり、名声も上がり、浮名も流したのですから、夢を持つ事もできたのではないでしょうか。若い人が、狭いアパート暮らしでも恋人と一緒に暮らす事に幸福を覚えるようなもの、といったら例えが悪いかも知れませんが。
本作は、邦題となった「奇妙な果実」など暗い歌も含まれますが、「As times goes by」「Embraceable You」など、ビリー独特のあたたかい声で歌われる大変にロマンティックな曲や演奏も数多く含まれています。そしてそのどれもが彼女の人生にマッチして聴こえる事が、長い間このレコードが人の心を打ち続けている理由かもしれません。
■なぜコモドアで録音したのか
このレコードはコモドアという小さなジャズ・レーベルの録音です。ビリー・ホリデイは30年代から注目を集め、レスター・ヤングやテディ・ウィルソンといった大物とも共演、大手レーベルのコロムビアも彼女のステージをコーディネイトしていました。そんな彼女が弱小ジャズ・レーベルに録音した背景には、彼女が受けて生きた黒人差別があります。「奇妙な果実」とは、黒人が木に吊られた姿の描写で、人権問題に訴えた内容を持っています。このために白人顧客を多く持つ大手レーベルが録音を拒否、これがコモドア録音という数奇な運命を持つレコードを生み出す事となりました。
■レコード高価買取に関するあれこれ
元々このレコードはSP盤4枚組8曲入りとしてリリースされました。このSP盤は状態次第。レアものにしては驚くほど安く手に入る事もありますが、状態が良いと高額化するする事があります。
次のリリースが10インチ盤と7インチ盤のセットもので、これも8曲入りのまま。この8曲には「奇妙な果実」は含まれていません。このレコードはプレミア価格で取引される事が多いです。
最初の8曲に収まり切らなかったコモドア録音を収録したものが10インチ盤『Billie Holiday Volume 2』。ジャケットは同じですが、レコードのラベルに「Volume 2」の記載が入り、ここでようやく「奇妙な果実」がアルバムで陽の目を見る事になります。このレコードも今ではプレミアです。
以降、日本で12インチLPがリリースされる時には、1集と2集を合わせた計16曲入りとし、コモドア・セッション全録音となるのが通常となりました。しかしこの16曲入りLPは海外では入手困難で高く評価され、日本でも徐々に入手困難になりつつあるようです。
もし、ビリー・ホリデイのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。