レコードを再生するにはレコード・プレーヤーが必要で、プレーヤーを使うためにはカートリッジが必要です。カートリッジとは、レコードの針がついているパーツ一式の総称で、「ピックアップ・カートリッジ」あるいは「フォノ・カートリッジ」と呼ばれる事もあります。ところがこれが実に種類が豊富で、いざ購入しようとすると何を買っていいやら迷います。

今回は、レコード・プレーヤーのカートリッジに関するお話をさせていただこうと思います。

■カートリッジの重要さは想像以上?!

はじめてレコード・プレーヤーを購入する人が、のちの拡張性などは考えずに今この瞬間にいちばんいい音を出すために、5万円でレコード・プレーヤーとカートリッジを買うとしたら、どうするのが一番いいでしょうか。

オーディオ歴の浅かった若いころの自分だったら、レコード・プレーヤーになるべく多くの予算を割き、カートリッジの値段をけちっていたでしょう。しかし正解は恐らくその反対。カートリッジを重視した方が、良い音に近づけやすいでしょう。もちろん、プレーヤーにもカートリッジにも最低限というレベルはあるでしょうが。

交換が必要な消耗品のようなイメージがある事、何百万円もするものもあるレコード・プレーヤーやフォノ・イコライザーに比べ安価である事、こうした点からカートリッジは軽視されがちに思えます。しかし、レコードのデコボコした音溝を電気信号に変えている部分こそカートリッジ。じつは、電気信号的に言うとレコード・プレーヤーの最重要箇所ともいえる場所なのです。

カートリッジを取り換えてレコードを楽しむ方ならご存じでしょうが、カートリッジを取り換えると驚くほどに音が変わります。カートリッジこそ命、軽視しないようにしたいですね。

■カートリッジの種類

かつては非電磁型というものもあったのですが、現在ではカートリッジは2種類に大別できます。MCカートリッジ(ムーヴィング・コイル・カートリッジ)と、MMカートリッジ(ムーヴィング・マグネット・カートリッジ)のふたつです。MI型、VM型などほかにも種類がありますが、いずれもどちらかのタイプに大別する事が出来ます。

■MCカートリッジとは?

MCカートリッジとMMカートリッジでは取り出せる電圧に差があるため、両者でフォノ・イコライザー(フォノ・イコライザー内蔵アンプの場合はアンプ)の設定を変える必要があります。そうした差が生まれる理由は、構造の違いにあります。何が違うかというと、コイルの取り付けてある場所です。

MCカートリッジは、針先から直接つながるカンチレバーという部位に直接コイルが巻き付けてあります。そのため、針の振動をダイレクトに掴まえるというメリットがあります。一方、振動する針への負荷を軽減するためにコイルの巻き数を減らす必要があるために電圧が低く、また繊細さの要求される構造のため、どうしても高額になってしまいます。

分かりやすくまとめると、「繊細な振動変化を捉えた高音質となり、MM型に比べると高くつく」のがMCカートリッジです。あくまで一般論ですよ!

■MMカートリッジとは?

一方、MMカートリッジはカンチレバーにコイルが巻き付けられていません。針先から直接伸びているカンチレバーを動かしているのはマグネットで、このマグネットの動きをコイルが捉えるという二重構造をしています。直接針先の振動を捉えているわけではないため、MC型に比べるとどうしても音にロスがあります。

一方、針先とコイルが非接触のためにコイルを多く巻く事ができるので出力電圧が高く、また繊細な構造ではないため、MC型に比べると製造コストを下げやすいメリットがあります。

まとめると、「MC型よりも音にロスがあるが、安価に入手しやすい」のがMCカートリッジです。これもあくまで一般論ですよ!

■その他のカートリッジでおすすめは?

それ以外のカートリッジまで書くと紙面が足りません!そこで、比較的に人気が高いVMカートリッジというものだけ簡単に紹介させていただきます。

VM型はオーディオ・テクニカ社が特許を取った方式で、大別するとMMカートリッジに属します。構造はMM型の発電マグネットを2本そろえてV字配置したもので、これでMMカートリッジの問題点のひとつを克服しているのだそうです。

ユーザーにとってありがたいのは、VMカートリッジは安価に入手できるラインアップを揃えている事です。この値段は確かに魅力なので、「MMでもMCでもないのか」と切り捨てず、覚えておいて良いかと思います。ちなみに、私はこのカートリッジを購入したことがありますが、フォノ・イコライザーの設定はMMで問題ありませんでした。

■ピックアップ・カートリッジ、どれを選ぶ?

ここまで書いた音に関する感想は、あくまでよく言われる一般論や個人的な感想であって、絶対的なものではありません。非常にハイファイに感じるMMカートリッジを聴いたこともありますし、音楽のジャンルや録音/ミックスに相性の良いカートリッジもあるでしょう。リスナーそれぞれの音の趣味だってあります。これはコンデンサー・マイクとダイナミック・マイクの関係にも似ていて、コンデンサー・マイクは良いと言われていますが、プロのエンジニアでも打楽器のオンマイクはダイナミック・マイクを使うのが普通であって、得手不得手や相性があるのですよね。

しかしそう言ってしまったら何の参考にもならない記事になってしまうので、最後に、「あくまで個人的な感想」という前提つきで、カートリッジ選択の判断例を書いておきます。

まず、MCカートリッジです。それは低価格帯のものであっても高めのMMカートリッジの再現性を凌駕している、というのが個人的な感想です。よって、ある程度以上のアンプとスピーカーを持っていることが大前提ですが、特にこだわりがなく予算も許すのであれば、MCカートリッジの導入をおすすめします。

■音楽によるMCとMMの相性の私論

音楽によるMCとMMの相性について。MCカートリッジの細やかな再現性がより発揮されるのは、アコースティック楽器の録音、ワンポイント・ステレオ録音などの音像や音場の表現に富む録音、このふたつだと思っています。

音楽に使われる音の中でもっとも微妙な音の変化を示すものは…そうです、アコースティック楽器です。ピアノやギターが分かりやすいですが、エレピやエレキギターの音は、アコースティックのそれほどの音量や音色の変化をしません(だから良いとか悪いという話ではありません。音量や音色が繊細に変化しているかどうか、という話です)。ぴあニスモからフォルテシモまでを、見事なペダル操作でた際に音色を変えてたたき出すアルゲリッチのデビュー・リサイタルなど、MC型で聴く以外の選択肢は私にはありません。

音がスピーカーの手前や奥に聴こえたりする立体性の高い録音も、やはり繊細さが要求されます。こういう録音をしてきたのはクラシックであり、一部の優秀録音ジャズであり、アコースティック音楽です。ギル・エヴァンス『Out of the cool』の立体的なアンサンブルなど、まさにMC型の本領発揮ではないでしょうか。

一方、激しくコンプレッションしたロックなどは、MMカートリッジの方が音にガッツが出て好ましく感じるかも知れません。私はグランド・ファンクというハードロック・バンドやSPKというノイズバンドが好きですが、これらのレコードをMCカートリッジで再生する気にはとてもなれません。繊細な立体音場や質感より、歪みまくった音圧をもっと俺にくれ、みたいな感じです。

というわけで、最後は私論の雨あられになってしまいましたが、少しでもこの記事がカートリッジ導入のヒントになってくれれば幸いです。