ロックにせよジャズにせよ、聴き進めていくうちにLPよりも少し小さく、かといってEPよりは大きいレコードに出会う…レコード愛好家であれば、だれしもそうした経験を持っているのではないでしょうか。この「12インチ(30センチ)LPよりも小さく、7インチEP(ドーナツ盤)よりも小さい」レコード、それが10インチレコードです。色々な呼称がありますが、昔の日本では、クラシック・ファンに「とおインチ」、ジャズ・ファンに「テンインチ」と呼んで親しまれました。

今回は、時代とともに廃れながら、今なお根強い人気を持つ10インチレコードについて、あれこれ書かせていただきます。

■LPレコードはもともと10インチだった

現在、レコードといえば、普通は塩化ビニール製のもの(通称ヴァイナル)を指します。それ以前にはシェラック製のSP盤と呼ばれるものがありましたが、これは現在では手に入れようにもなかなかお目にかかる事が出来ません。

そして、ヴァイナル・レコードの大きさは、現在ほぼ2種類に統一されています。ひとつは小型の7インチで、EPとかドーナツ盤と言われるものがこのサイズです。もうひとつが12インチ(約30センチ)で、いわゆるLPがこのサイズです。しかしヴァイナルのLPレコードが誕生したころは、10インチ(約25センチ)のレコードが大量に生産されていました。

なぜLP初期に10インチ盤が数多く作られたのでしょう。理由は、SP盤の通常サイズが10インチであったためです。SPレコードに合わせ、LPも最初は10インチで作られるものが多くありました。

■10インチと12インチのせめぎあい

SPレコードに12インチ盤がなかったわけではありません。SPレコードは78回転がスタンダードのため、10インチだと収録時間が約3分ですが12インチだと約5分収録できます。

かつて、ラジオ放送などに使われる商音楽の時間は、レコードの収録時間を考慮して算定されました。たとえば、ブルーバード録音によるデューク・エリントン「A列車で行こう」は2分54秒、エルヴィス・プレスリー「ハウンド・ドッグ」が2分16秒といった具合です。

ところがレコード盤を流すラジオではなく、実際に演奏されるライヴとなると、この制約がありません。アメリカ音楽では、スター・ソロイストのアドリブが見せ場のひとつとなるジャズはライヴでの演奏時間がもっと長く、レコードでも3分より5分の方が好都合だった筈です。実際に、ブルーノートはSP盤に12インチを採用しました。

■ヴァイナル10インチ盤の短い春

しかし、ヴァイナル10インチ盤の春は長く続きませんでした。理由は、「大は小を兼ねる」こと。SP盤と並べて収納してもサイズ差がない事よりも、より長時間収録できることのメリットが大きかったのでしょう。1940年代後半に登場したレコードは、登場してしばらくは10インチ盤の時代でしたが、それから10年もたたないうちにほぼ12インチLPにとってかわられました。過渡期とはそういうものなのでしょうね。

■10インチ盤時代の音楽あれこれ

つまり、10インチLP/12インチLPの勢力争いに巻き込まれた音楽は、両者が覇権争いをした40年代後半から50年代中ごろまでの音楽という事になります。

たとえば、スイングからモダン・ジャズへと移行していた時期のジャズはこの時代と見事に重なっています。ブルーノートを例にとると、主にディキシーランド・ジャズを紹介した7000シリーズと、スウィング/中間派/モダン・ジャズを紹介した5000シリーズが10インチ盤です。特に5000シリーズのうち後年にも人気があったモダン・ジャズは、収録曲を増やすなどの措置を取ったうえで12インチLPやCDで再編集される事態を生みました。

一方、50年代なかばから後半に向けて黄金期を迎えたロックンロールは、この勢力争いに片足を突っ込みながらも直撃は避ける事が出来ました。たとえば、エルヴィス・プレスリーのデビュー・アルバム『Elvis Presley』のUSオリジナルは最初から12インチです。ちなみに、12インチへの移行が遅れた日本では、収録曲数を12曲から8曲に減らした10インチ盤が作られる逆転現象が起きました。ちなみにこの日本盤10インチ盤はそのレアさからプレミア価格がつく状態となっています。

■短い春が生みだした10インチ盤独特の価値

40年代後半から50年代なかばという短い間に製造された10インチ盤の、どのあたりに価値があるのでしょうか。

第1に、12インチLPとして再生産されなかったレコードは、単純に録音としての価値があります。スウィングや中間派ジャズには、意外とこのケースに当てはまるものが多いです。いま聴くと、スウィングや中間派の音楽って、私には実に心地よく感じられるのですが、あのアメリカのアーリー・ミュージック特有のレイドバック感や明るいエンターテイメント性が、レコードの音質にあっていると感じます。

第2に、物としてのレア度。ジャケット違いなどはコレクションの楽しみのひとつですが、チェット・ベイカーの10インチ盤(たとえばラス・フリーマンと組んだ有名なレコード『Chet Baker Sings』)などは、サイズだけでなくジャケットのデザイン自体が違います。

第3が音の違いで、これがもっとも大きな理由ではないでしょうか。いつぞや書かせていただいた記事「LPレコードのマトリックス・ナンバーって、なに?」中で、レコードのマスター制作からプレスまでの流れを紹介させていただきましたが、簡単に言えばアナログのレコードは、速い段階でプレスされたものほどマスター劣化の影響を受けないので、よい音である可能性があります。チェット・ベイカーとラス・フリーマンのセッションや、マイルス・デイヴィスのブルーノート・セッションをオリジナル・マスターに近い音質で聴いてみたいというのは、人情ではないでしょうか。

というわけで、今回は簡単に10インチレコードについてご紹介させていただきました。10インチレコードは買取り価格も期待できるレア品という側面もあります。もし、10インチのレコードを処分しようと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。