ロンドン南東にカンタベリーという都市があります。ドーヴァー海峡間近という地勢上の理由もあって、この都市は昔から様々な文化が交錯したそうです。旧石器時代にはすでに文明の跡があり、ふるくはケルト人が生活し、ローマ全盛期にはローマ入植、ローマ滅亡後はアングロ・サクソンのコミューンが形成された、といった具合です。有史以前から文明の地であったこの地で「カンタベリー物語」という文学が生まれ、イギリスの宗教の中心地となり、そして高い文化と教養を誇る大学都市となりました。この地で、ブリティッシュ・ロック史上稀にみる知性的なプログレッシヴ・ロックの潮流「カンタベリー・ミュージック」が生まれました。
キャラヴァンは、初期ソフト・マシーンに並ぶカンタベリー・ミュージックを代表するバンドです。どちらもワイルド・フラワーズのメンバーが作り、文学性、複雑な楽曲様式、ポップさ、ジャズへの傾斜といった知性的な傾向がみられます。初期メンバーであったヴォーカル&ベースのリチャード・シンクレアはハットフィールド・アンド・ザ・ノースにも在籍、オルガンのデイヴ・シンクレアはマッチング・モウルにも在籍し、初期ソフト・マシーンと初期キャラヴァンが作った音楽がカンタベリー・ミュージックの核となりました。
今回は、キャラヴァンの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただこうと思います。
■Caravan (Verve Forecast, 1969)
キャラヴァンのファースト・レコードです。初期キャラヴァンのカラーとなっているオルガンは幻想的かつサイケデリックな雰囲気を醸し出し、ドラムはジャズを基礎にしながらあくまでも控え目、ポップながら凝った楽式構成、そしてイギリス文学やブリティッシュ・トラッドを思わせる曲や詩が随所に登場します。どのルーツも明確ながら、どのルーツにも還元できない独特な音楽に辿り着いており、これほどカンタベリー・ミュージックの特徴を明確に示した音楽もないというほどの作品になりました。
ロック名盤として知られるこのレコードは、UKオリジナルは1万円越えが当たり前となっています。中でもレーベルに「Sold in the UK」の刻印がある初期盤は4万円越えもおかしない状態で、6万円超の値段がついたものも私は見た事があります。
■If I Could Do It All Over Again, I’d Do It All Over You (Decca, 1970)
キャラヴァンのセカンド・アルバムです。音楽はファースト・アルバムと同傾向で、抒情的・牧歌的でありかつ幻想的。そして非常に凝った楽曲にアルバム構成というカンタベリー・ミュージックの粋のようなアルバムです。幻想的な雰囲気を纏ったまま4曲が連なるA面後半、ブリティッシュ・トラッド的な雰囲気ながら7拍子を含むいくつもの変拍子が交錯する「Hello, Hello」、個人的にはキャラヴァン最高傑作と感じている「Can’t be Long Now」など、キャラヴァンならではの幻想文学のような世界が繰り広げられます。
これもオリジナルの英デッカ盤は1万円超えが当たり前、4万円近い値がつく事もあります。英オリジナル盤でなくとも高額の傾向があり、例えば71年日本盤帯つきなども相当な高値で買取りされているようです。
■Waterloo Lily (Deram, 1972)
デビューから2作連続で高水準のレコードを作り上げたキャラヴァンですが、3作目『In The Land Of Grey And Pink』でポップス/チャート音楽方面に音楽の舵を切ります。これに反発したか、初期キャラヴァンのサウンドの要であったオルガンのデイヴ・シンクレアが脱退。代わりにスティーヴ・ミラーを迎えて制作されたのがこの4枚目のレコードです。
インストの比率が増し、インプロヴィゼーションという点ではミラーのキーボードはデイヴ・シンクレアを凌ぐ切れを見せ、キャラヴァンのレコードの中でもっともジャズ・ロック色の強いアルバムとなりました。ジャズ・ロックとしてのキャラヴァンを聴くのであれば本作がベストではないでしょうか。
■For Girls Who Grow Plump in the Night (Deram, 1973)
邦題「夜ごとに太る女のために」、キャラヴァン5作目のレコードです。キャラヴァンにしてもソフト・マシーンにしても、初期のカンタベリー・ミュージックは凝った事をやりながらも、どこかに弱点がありました。ところがこのアルバムでのキャラヴァンは演奏も楽曲もまったく隙のない完璧さ。しかし音楽はギターがリフを刻むようになるなど産業ロックの典型へと近づきました。キャラヴァン特有の幻想感やウィットさが失われた半面、パーフェクトなプログレ・ポップが完成したレコードと言えるかもしれません。
初期キャラヴァンのレコードほどにはプレミア化はしていませんが、それでも一定以上の値段で取引されているレコードです。このレコードはゲートフォールド(見開きジャケット)のものとそうでないものがあり、英オリジナル盤をはじめとしたゲートフォールド仕様のレコードの人気が若干高いようです。
■キャラヴァンのレコードは初期ほど買取り価格が高額化する傾向がある?
レーベル事情によって流通や宣伝が整備できず、音楽のクオリティのわりに出回り数が少ないレコードがあります。初期のザ・フー、レーベルの宣伝力が低かったフランク・ザッパのレコードなどはその最たる例ですが、アルバムを出すごとにレーベルが変わり、また国によって流通会社が変わるキャラヴァンもそうしたバンドのひとつでした。初期キャラヴァンの幻想的な音楽はカンタベリー・ミュージック以外では聴く事の出来ない独特なものだったので高評価されて当たり前、今後も現状のような高い価格での買取りが続くのではないかと思われます。
もしキャラヴァンのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。