ジャズ、ブルース、スピリチャル、ゴスペルといった19世紀後半から20世紀半ばにかけてのアフリカン・アメリカンの歌を、魂の震えるような情緒を持って伝えた歌手がニーナ・シモンです。聴いていてここまで心を揺すぶられた女性シンガーは、私の場合は他にアルゼンチン・フォルクローレのメルセデス・ソーサとシャンソンのバルバラぐらいです。

それほどのシンガーながら、ニーナ・シモンは歌手ではなくピアニストとしてスタートしました。幼少時から才能を認められてジュリアード音楽院に進学してピアノを専攻し、クラシック・ピアニストを目指しました。しかしアメリカ社会で黒人差別の激しかった50年代に、アフリカン・アメリカンがクラシックのピアニストを目指す事は難しく、バーでピアノを演奏して生計を立てる生活を強いられます。しかし人間万事塞翁が馬とはこのことで、バーでの弾き語りが、アフリカン・アメリカンの心情を伝えるシンガーという彼女の生き方を決めました。

今回は、ニーナ・シモンの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただこうと思います。

■Little Girl Blue (Bethlehem, 1959)

ニーナ・シモンのデビュー・アルバムです。クラシックのピアニストを目指し、のちにアメリカ黒人音楽を代表するほどのシンガーになったニーナ・シモンですが、デビュー作はジャズ色の強いアルバムでした。

編成はピアノ・トリオで、インストと弾き語りが混じっています。ピアノを弾かせればカノン状にアレンジされた演奏を披露するなど、通常のジャズ・ピアノではとてもできない技量を発揮。歌を歌えばエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンといったアフリカン・アメリカン系の女性ジャズ・シンガーの流れにある正統的な歌唱のほか、アフロ・スピリチャルのような歌唱も見事に歌い上げます。ニーナ・シモンはベツレヘムとうまくいかず、すぐに移籍してしまいましたが、ジャズの名レーベルと良い関係を保つことが出来ていたら、また違ったミュージシャンになっていたのかも知れません。

このレコードは、59年当初からモノ盤とステレオ盤の両方が発表されました。ステレオ盤はジャケット上面に大きく「STEREO」と書かれているので、両者は判別しやすいです。状態が良ければどちらも高額取引されていますが、人気があるのはステレオ盤で、1万円超えも普通に期待できます。

本作は世界中で発売され、「Little Girl Blue」のほか、「Jazz As Played In An Exclusive Side Street Club」「The Finest Of Nina Simone – I Loves You Porgy」「My Baby Just Cares For Me」など、様々なタイトルで再発されましたが、内容はほぼ同じです。ベツレヘム所有のニーナ・シモンの音源は、オリジナル盤収録の11曲のほかは3曲しかないようで、いずれも同一セッションです。

■The Amazing Nina Simone (Colpix, 1959)

アルバム1枚を残してベツレヘムを去ったニーナ・シモンは新たにコルピックスと契約、8枚のアルバムを発表する事になります。ゴスペルやブルース、スピリチャルといった音楽をベースにジャズやクラシックの素養を生かしてアレンジされたコルピックス時代のニーナ・シモンは、歌を通して当時のアフリカン・アメリカンの心情を伝えたかのようです。アフリカン・アメリカンの文化としての歌や、シモンの歌手としての表現力を聴くなら、コルピックス時代が最高ではないでしょうか。

このレコードはコルピックス移籍第1弾で、アビー・リンカーンのような黒いブルースから、ニグロ・スピリチャルのトラディショナル、ベニー・グッドマンのナンバーと、自由民権運動激化以前のアフリカン・アメリカンの音楽観をすべて表現したかのような壮観さでした。

このアルバムも59年発表当時からモノ盤とステレオ盤の両方が制作されました。ビートルズなどではモノ盤の方がプレミア化したりすることも珍しくありませんが、ニーナ・シモンの場合はステレオのレコードの評価が高いようです。また、レーベルのパワーがフィリップスやRCAよりも無かったためか、総じてコルピックス盤は再発回数も少なく、そのためにレア度が高く、買取りでも高額化しやすいようです。

■Pastel Blues (Philips, 1965)

5年続いたコルピックスでの活動が終わると、ニーナ・シモンは国際レーベルのフィリップスに活動の拠点を移しました。当時のフィリップスは大企業傘下のレーベルとは思えないほどミュージシャンの意向を汲んだ作品を制作するレーベルで、音楽性ではフィリップス時代のニーナ・シモンが最上と感じます。中でも個人的に推薦したいのがこのレコードです。

アフリカン・アメリカンの心情の代弁者のようであったニーナ・シモンの音楽に、前衛的といえるほどのクリエイティブさが加わります。足音に歌が乗る曲の独創性は見事、ほかにもトラディショナルの「シンナーマン」は独特のリフが加えられて大規模なアレンジが施されます。

国際的レーベルのフィリップスからの発表という事もあり、65年リリース時点で世界発売されたレコードです。国によってジャケット違いなどがあり、USオリジナル盤以外にも高額がつくものがあります。私は、ニーナ・シモンの顔がよりクローズアップされ、タイポグラフィーの整えられたオランダ盤で2万円近い値のついたものを見た事があります。

■キャリア初期から名作しかない稀有の女性シンガー

コルピックス時代の独特な解釈のエリントン作品集、フィリップス期のビッグバンド編成で歌心の素晴らしい『I Put A Spell On You』、RCA移籍時の名盤『Nina Simone Sings the Blues』など、ニーナ・シモンのレコードはここに書ききれなかったものも名作が多いです。これだけの音楽を残した背景には、ディレクション・アレンジ・演奏のすべてを自分で出来た音楽家としてのクオリティの高さと、「アフロ・アメリカンとして何を訴えるのか」という意識の高さがあったのではないでしょうか。逆に言えば戦後ますます反知性的な方向へと流れていくアメリカ音楽界とは相容れない面があり、音楽好きからは高く表漁れる一方で一般受けはせず、それがレコードのレア化やプレミア化につながっていったのかも知れません。

もしニーナ・シモンのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。