SP盤時代のレコードは、印刷されていないか、印刷されていてもタイトル程度の記述に留まる袋に入れられている程度のものだったので、ジャケット・デザインというほどのものはありませんでした。そんなレコード・ジャケットに本格的なアートワークが施されるようになったのはLPレコードの登場からです。LPレコードの登場は1940年代末、本格的な普及は50年代に入ってしばらくしてからで、そのタイミングに重なったアメリカ音楽というとモダン・ジャズ、そしてロックンロールでした。モダン・ジャズやロックのレコードに素晴らしいアートワークのジャケットが多い理由のひとつは、このタイミングにあるのでしょう。

今回は、ジャケット・アートの花形となったロックの傑作アートワーク作品を、独断と偏見でご紹介させていただこうと思います。

■Tangerine Dream ‎/ Alpha Centauri (Ohr, 1971)

ロックのジャケット・アートの最高峰として挙げたいのが、タンジェリン・ドリームの初期アルバム群です。タンジェリン・ドリームは、ジャーマン・ロックにおいても電子音楽においても重要な役割を果たしてきた怪物バンドで、これはそのセカンド・アルバム。音楽自体が空前絶後の壮大さで素晴らしいのですが、ジャケットのアートワークも見事です。絵画を手掛けたのはバンドの主要メンバーであるエドガー・フローゼ夫人のモニク・フローゼ。ここでは本作を挙げましたが、モニクの手掛けた見事なジャケット・アートは、 以降のアルバム『Zeit』や『Atem』でも拝むことが出来ます。

■The Velvet Underground & Nico (Verve, 1967)

アメリカン・ポップ・アートの巨匠アンディ・ウォーホルが手掛けたことで知られるレコード・ジャケットです。2つ折りジャケットで、バナナの皮はシール状になっており、剥がすと中身が出てくるようになっています。これはLPで持っていたい特殊ジャケットですね。

個人的には、バナナ以上に全体のジャケット・デザインの素晴らしさに感銘を受けます。ジャケット4面にはバンドの演奏写真に重なってうっすらとキリスト像が浮かびます。見開きにはセンス抜群にレイアウトされたアーティスト写真とタイポグラフィ、そして演奏者にかぶさるように映写された巨大な目。この世界観が「毛皮のヴィーナス」「黒い天使の死の歌」「ヘロイン」という退廃的かつアヴァンギャルドな音楽と絶妙にマッチして、唯一無二のロックの大名盤となったのでしょう。

■The Rolling Stones ‎/ Sticky Fingers (Rolling Stones Records, 1971)

同じくアンディ・ウォーホルの手掛けたジャケットです。LPレコードではジーンズに実際のファスナーが取り付けられており、これもレコードで持っていたい1枚です。このレコード、私は完全にジャケ買いしたのですが、実は音楽も素晴らしく、70年代以降のローリング・ストーンズのアルバムで1~2を争う傑作と思っています。

■Pink Floyd ‎/ A Saucerful Of Secrets (Columbia, 1968)

ピンク・フロイドのセカンド・アルバムです。レコーディング途中でリーダーのシド・バレットが抜ける事態となりましたが、結果としてピンク・フロイドのスタジオ録音最高傑作となったのではないでしょうか。『狂気』や『ザ・ウォール』といった名盤が霞んで聴こえるほどの高度な音楽性を持っています。ジャケットは、サイケデリックな音楽性を映像化したような幻覚性の強いデザイン。LPレコードのサイズで見ると、細密画のような精度、イコンの反復、ブラシの美しさなど、細部に至るまで見とれてしまう素晴らしさです。

ジャケット・デザインを手掛けたのはヒプノシス。ロックの名ジャケットを数多く手がけたデザイナー集団です。ピンク・フロイドのレコードでは他にも構図の素晴らしい『More』、鏡写しのトリックを使った『Ummagumma』など、多くのジャケットをヒプノシスが手がけました。

■Genesis ‎/ The Lamb Lies Down On Broadway (Charisma, 1974)

ヒプノシスの傑作アートワークをもうひとつあげるとすれば、私ならこれ。ピーター・ガブリエル在籍時のジェネシスの6枚目のスタジオ・アルバムです。映画のようにストーリーが進んでいく音楽内容に合わせたジャケット・デザインとなっており、自分に起きたそれぞれのシーンをまるで他人事のように外から眺める主人公と、それぞれの枠をはみ出して前に出てくる記憶。こうしたものが見事に視覚トリックを用いたデザインに落とし込まれています。

■Scorpions ‎/ Virgin Killer (RCA Victor, 1976)

ジャケット・デザインは難しさを伴うものではないかと思います。クラシックでは曲にタイトルをつける事すら厭う傾向がありますが、あれは音楽と言葉や視覚イメージは別のものである事を示す例でしょう。では、音楽とは違うジャケットのアートワークに何が出来るのかを考えると、音楽の内容を模倣するほかに、抽象化された何かをもう一度具象化して表現する事も考えられるのではないでしょうか。象徴の利用、あるいは象徴を介した意味の共有です。

過激なジャケットのために各国で表紙写真が差し替えられることになったスコーピオンズ『ヴァージン・キラー』は、ドイツのハードロックが持っていた様々なイメージをひとつの象徴に凝縮した稀有な例ではないでしょうか。黒塗りで血の色の文字でひびが入る事で、インモラルとセックスとバイオレンスを同時に感じさせます。危険さや過剰さを感じさせた時代のジャーマン・ハードロックの匂いが見事に視覚化されています。

■Bob Dylan / The Freewheelin’ Bob Dylan (Columbia, 1963)

ジャケット・アートにはいくつかの構成要素があります。写真を含む素材、タイポグラフィ、デザイン、この3つは最たるものですが、このレコードは写真が特に素晴らしいレコードと思います。肌寒いニューヨークを、決して裕福とは言えない若者が肩を寄せて幸せそうに歩いています。たった1枚の写真で、どれだけ多くの事が語られているでしょうか。ちなみにこの写真、実際にボブ・ディランと当時の彼女を写しています。

■ART / Supernatural Fairy Tales (Island, 1967)

前述のピンク・フロイドはもとより、クリーム『Disraeli Gears』など、サイケデリック・ロックのレコードにはすぐれたアートワークのジャケットが数多く存在します。抽象化されたイメージを描き出すという意味で、サイケデリック・ロックほどジャケットのアートワークと相性のいい音楽もないのかも知れません。そんなサイケの中でも私が特に好きなジャケット・アートがこれで、のちにスプーキー・トゥースを結成する事になるメンバーが作っていたバンドART唯一のアルバムです。

■アートワークの素晴らしいレコードはやはりLPレコードで持っていたい

限られた文字数ではとても語り切る事が出来ませんでしたが、他にもいくつか素晴らしいアートワークのアルバムをあげておきます。タイポグラフィの素晴らしいブルース・スプリングスティーン『Born to Run』。構図の素晴らしいフリー『Highway』。象徴の扱いが素晴らしい作品として、バウハウス『Bauhaus』とアレア『Concerto Teatro Uomo』。絵画の素晴らしいビーチ・ボーイズ『Surf’s Up』。デフォルメーションの見事な作品として、レッド・ツェッペリン『Led Zeppelin』とスティーヴ・ウインウッド『Arc of the Diver』。デザインの見事なサンタナ『Abraxas』とイーグルス『Hotel California』。音楽内容を見事に視覚化した作品として、ブラック・サバス『Black Sabbath』とフェアグランド・アトラクション『The First Of A Million Kisses』。

 いずれにしても、アートワークの素晴らしいジャケットは、LPレコードで楽しみたいものですね。