ビートルズをはじめとしたブリティッシュ・ビート・バンドの大流行で、63年からしばらくのアメリカのチャートはイギリスのビート・ミュージックが数多く食い込む状況へと変わりました。64年4月4日のビルボード・チャートなど、1位から5位がすべてビートルズとなったほどです。これを機に、アメリカからも、自作自演のビート・ミュージックを演奏するバンドが目立って生まれるようになりましたが、作曲も演奏もまだまだ弱く、技術も個性もこれからという状態が続きました。

この状況を一変させたのは、皮肉にも違法なドラッグが生み出したサイケデリック・ロックでした。サイケは麻薬が生み出す幻覚を何らかの形で音に反映させる事が契機となった音楽ですが、この方面の音楽を大きく発展させたのは、麻薬が社会問題となっていたアメリカとドイツ。褒められたものではないにせよ、たしかにこの点でアメリカはイギリスにないものを持っていました。

サイケデリック・ロックは期せずして、フォード式ともいえる似たものを素早く大量に作るアメリカの産業音楽の画一性を打破する事になりました。ラジオやテレビやEPに合わせた1曲3~4分という枠に拘らなくなり、楽式はアメリカン・ソングフォームというコーラスの繰り返しから脱却するものが生まれました。初期にはハイになっていつまでもジャムを続けるものや、新たに生まれたエフェクターを操作する音遊び程度のものも少なくなかったサイケも、それを音楽としてまとめる能力を持ったバンドが生まれ、洗練されていきます。アート・ロックという言葉は、もはやドラッグ・ミュージックとは呼び難いところまで来たものを指した言葉だったかも知れません。

ヴァニラ・ファッジ Vanilla Fudge は、60年代後半にアメリカで生まれた無数に生まれたサイケ/アート・ロック方面のバンドの中で、とりわけ演奏能力の高いバンドでした。鳥肌を覚えるほどの迫力を持つオルガン・サウンドは、ディープ・パープルやユーライア・ヒープに先行するものでしたし、リズム・セクションのティム・ボガートとカーマイン・アピスはヴァニラ・ファッジ以降も名プレーヤーとして名を轟かせ、フロントを食うほどの強烈な演奏でいくつものバンドを支えました。

今回は、そんな伝説のバンドであるヴァニラ・ファッジの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただきます。

■Vanilla Fudge (ATCO, 1967)

ヴァニラ・ファッジのデビュー・レコードです。ビートルズやゾンビーズのナンバーを並べたところは、当時のチャートを主体に音楽を見るアメリカ的な音楽観の反映でしょう。しかしそれに終わらず、アルバムの合間にSEやナレーションを挟み込んでコンセプト・アルバムとして構成した点は、サイケデリック・ロックが次の段階に進んだことをも示していたのではないでしょうか。それは構成に留まらず、アレンジや演奏にまで波及し、特に演奏はオリジナルをはるかに凌駕するレベルに達しています。

ここでロックは「熱はあるが音楽に明るくなく楽器もうまくない若者のやる、若者のための音楽」というラインをブレイクスルーしたのではないでしょうか。ディープ・パープルやイエスといったバンドは、ヴァニラ・ファッジのこのレコードから強く影響を受けた事は間違いないです。

■Vanilla Fudge / Renaissance (ATCO, 1968)

デビュー・アルバムの翌年に発表されたサード・アルバムです。ここにきてアルバムのほとんどがオリジナル曲で占められるようになり、音楽はアメリカン・ソングフォームを超えた劇的なものとなります。

しかし個人的に耳を奪われたのは楽曲よりもやはり演奏でした。ティム・ボガートとカーマイン・アピスが注目されがちのバンドですが、ハモンドB3を暴れさせて、とても4ピースのバンドとは思えない分厚いサウンドを創り出したマーク・スタインなど、全員が素晴らしい演奏をするプレーヤー集団でした。

本作をヴァニラ・ファッジ最高傑作とする人も多いレコードで、キャッチーな曲が並ぶファースト・アルバムと人気を二分する代表作です。

■Cactus (ATCO, 1970)

素晴らしいバンドながらヴァニラ・ファッジの知名度がそこまで高くない理由は、3年という活動期間の短さによるのでしょう。短命となったのはティム・ボガートとカーマイン・アピスがジェフ・ベックとのバンド結成を画策したためですが、ジェフ・ベックが交通事故を起こし、話が流れたことで誕生したのがカクタスでした。しかし災い転じて福となすとはこのこと、カクタスは人によっては「アメリカ初のハードロック」という人も現れるほどの伝説的なバンドとなりました。

このアルバムの1曲目に来るロックンロール・ナンバー「Parchman Farm」でのカーマイン・アピスのドラミングは、それを聴くだけでもアルバムを買う価値があるほどの強烈さ。スネア捌きだけでも無数の表情やバリエーションがあり、かつとんでもない速さです。さらに、デトロイト・ホイールズにいたジム・マッカーティのギターも、テン・イヤーズ・アフターを凌駕するほどの速弾きであり、ある種のパンクを感じさせるガレージさも併せ持っています。

イギリスのハードロック・バンドと違い、カントリー・ロックやフォーク・ブルースといったアメリカ音楽を背景に感じる点も、アメリカン・バンドならではの魅力でした。

■Beck, Bogert & Appice (Epic, 1973)

ジェフ・ベックが交通事故から立ち直るやいなや、ボカートとアピスはカクタスを抜け、ベックとのバンド結成に動きます。こうして3年越しで誕生したのが、スター・プレーヤーの集まるスーパー・バンドと呼ばれたベック・ボカート&アピスでした。スリーピースという編成は、プレーヤー個々の自信のあらわれだったのかも知れません。

作りこまれたヴァニラ・ファッジの音楽とは対照的に、アドリブやヘッド・アレンジの多いシンプルなロックで、粗っぽい演奏を聴く事が出来ます。ヴァニラ・ファッジを抜けてカクタス、BB&Aへと移ったボガートとアピスは、複雑な楽曲よりも自由に、そして派手に演奏したかったプレーヤー気質の強いミュージシャンだったのかも知れません。

■レコード高価買取に関するあれこれ

最初の解散までのヴァニラ・ファッジのレコードは、値段の上下が激しいです。音楽が高く評価される一方で、知名度が今ひとつである事が理由かも知れません。たとえば、オリジナルの『Vanilla Fudge』にはモノ盤とステレオ盤がありますが、どちらもUSオリジナルですら意外に高額にならない事もある割に、日本盤でも帯つき美品となるとけっこうな額をつけたりします。

価格面でのプレミア度で言えば、カクタスの方が上かも知れません。今回は音楽面からファースト・アルバムを紹介させていただきましたが、ファーストはもちろん、セカンド・アルバム『One Way…Or Another』となるとUSオリジナルのゲートフォールドは1万円超え、帯つき日本盤もかなりの高額をつける事があります。 もし、ヴァニラ・ファッジのレコードを譲ろうとお考えでしたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。