ジャケットの上部に、デジタル・アルファベットで「ORIGINAL MASTER RECORDING」と書かれたレコードやCD、あるいはSACDを見かけた事がないでしょうか。一見して高音質を謳ったものとは想像できますが、「オリジナル・マスター・レコーディング」という事はリミックスやリマスターではなさそうなのに、どのあたりが高音質なのでしょう。また、あのレコードって、レーベルやジャンルを問わずカタログを揃えていますが、それってどういう事なのでしょうか。

あれらのレコード、実は原盤を持っているレコード・メーカーが作ったものではなく、Mobile Fidelity Sound Lab(モービル・フィデリティ・サウンド・ラボ)というレーベルが作ったレコードなのです。

今回は、モービル・フィデリティ・サウンド・ラボ(以下MFSL)について、ご紹介させていただきます。

■なんで色んなレーベルのレコードを製造できるの?

MFSL がなぜ色々なレーベルの作品をリリースできたかというと、条件付きでライセンスを受ける事が出来たからでした。しかしレコード会社の財産ともいえるマスターを、どうしてレコード会社は外部に貸し出したのでしょうか。

普通に考えると、許諾の条件とは恐らく期限、製造数、そして極端な音の変更の禁止といった所でしょうが、こうする事でライセンサーの利益も守られたうえで、リスナーには高音質のレコードが供与される事にもなったので、ライセンサー、MFSL、リスナーの3者にとって利益があったのではないでしょうか。

■「オリジナル・マスター・レコーディング」って、どういう事?

MFSL の制作したレコードのジャケットに記された、「オリジナル・マスター・レコーディング」とは何でしょうか。詳しくは、以前に書いた記事「レコードのリミックスとリマスターって、何が違うの?」を参照いただければと思いますが、ここでは簡単にオリジナル・マスターについての説明をさせていただきます。

レコードなりCDなりをプレスするために作られたものがマスターです。しかしレコードは、何度も、そして色々な場所(たとえばアメリカ原盤のレコードを、日本盤として日本でプレスするなど)で複製するため、マスターはひとつではありません。こうして、マスターには最初に作られたオリジナル・マスターと、それをコピーして作ったコピー・マスター(スレイヴ・マスターなど、他の呼称もあります)と呼ばれるものがある事、このふたつを知っていただければと思います。

特に、デジタルが導入されていな時代のマスターはアナログで、こうなるとオリジナルとコピーでは、音質に大きな差が出ます。

MFBL の「オリジナル・マスター・レコーディング」は、オリジナルのマスターからレコードやCDを作った、という意味で、少なくともスレイヴ・マスターから作られたレコードよりは高音質である、という理屈が通る事になります。

■どうして音が良いと言えるの?

「オリジナル・マスター・レコーディング」が音質の向上に当たって取り組んだ点は主に3つあります。ひとつは、先に述べたオリジナル・マスターを使っているから。他のふたつは、レコード盤の素材の質、そしてマスタリングの方法です。

中古レコードを買っていると、昔のレコードはそれなりに重量があるのに、70年代や80年代のレコードや廉価盤を買うと、軽く薄くなっていると感じた事は無いでしょうか。これは実際にその通りで、レコードの製造コストを抑えるため、70年代後半あたりからはリサイクルされた素材がレコードの製造に使われるようになり、またコスト削減でレコード盤も薄くなっていったのです。

70年代後半のアメリカ原盤のUS盤を買って、新品を買ってもゴミやカスのようなものがいっぱい入っているが、音は日本盤より良く感じる、という経験を私は若い頃に何度も経験しました。あれを説明すると、駄目なのは素材や製造工程、それでも音が良いのはオリジナル・マスターだから、という事になるのかも知れません。

 MFSL が採用した素材は、日本のJVCが発明した「スーパービニール」というものでした。これは通常のものより耐久性があり、素材を混合した再利用品でないために滑らかさがあり、ポップノイズも少なくなる、というものでした。

■ハーフ・スピード・マスタリング

 ふたつ目は、プレス・マスターの制作過程の差です。少しややこしいのですが、先ほどまで話していたマスターとは「マスター・テープ」の事。しかしテープそのものではレコードは作れないので、レコードと同じ形状をした鋳型となるプレス・マスターを作る事になります。この時に、マスター・テープを再生して音を取り込むことになりますが、この再生速度を半分にする事で音の精度を上げたのが、MFSL のやり方でした。

これはハーフ・スピード・マスタリングと呼ばれる手法で、MFSL の専売特許ではないのですが、マスタリングに時間がかかる、取り込み時に聴感での問題の確認が出来ない、通常のマスタリングと違うスピードで再生すると特に低音の再生再現度が下がるなど、良い事ばかりではないため、主流とはならなかったマスタリングの方法でした。

私自身はハーフ・スピード・マスタリングに立ち会った事がないのですが、マスター・テープの制作はさんざん行ってきました。マスター・テープのテープ・スピードには2種類あるのですが、そこでテープ速度が違うと音質に大きな差が出る事を体験してきました。ですから、MFSL がハーフ・スピード・マスタリングのデメリットとメリットを比較し、メリットの方が大きいと判断した事は、たしかに理由が通るものと思います。

■どれぐらい音が違うか

私は、ジャケットの上にかぶさる「ORIGINAL MASTER RECORDING」の文字がジャケットのデザインを損なっていると感じ、実はMFSLの作品をあまり熱心に聴いていません。ただ、ピンク・フロイド『狂気』だけは、プロが使う某レコーディング・スタジオで、手持ちのレコードと聴き比べた事があります。

手持ちのレコード自体がUKオリジナルではないため、すでに音質が最善ではないものだったのですが、その条件を差し引いても、音の輪郭が鮮明になり、ステレオ音像もよりくっきりとついており、歴然とした差を感じました。

■MFSL のその他の取り組み

MFSL の高音質レコードへの取り組みは「ORIGINAL MASTER RECORDING」だけではなく、たとえば、「Ultradisc One-Step」シリーズというものもあります。いずれにしても、技術面や素材面から音質にこだわったレコードの制作に取り組んでいる事は間違いありません。

ハーフ・スピード・マスタリングひとつをとっても、長所だけでなく弱点も抱えていますし、音楽における音は物理的な優劣だけでなく好き嫌いが大きく影響するところでもあるので、絶対とは言えないのですが、もし大変に気に入っている名盤があり、またそれを再生する素晴らしいオーディオ装置が揃っているとしたら、MFSL の「ORIGINAL MASTER RECORDING」シリーズは聴いてみるだけの価値があるでしょう。もしかすると、素晴らしいオーディオ・ライフが開けるかもしれませんよ!