聴衆の規模の違いから、発表の場がステージよりレコードが優先する事になった50年代以降の英米のポップスでは、ライブでの演奏が不可能なアレンジであっても構わないといったスタジオ・レコーディング前提の作品制作がさかんになりました。ダビングによって同時演奏する必要もなくなったため、ビートルズのポール・マッカートニーやビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンのように、作詞も作曲も、そして複数の楽器を自分で演奏して音楽を作り上げるマルチ・プレイヤーまで生まれるようになります。

こうした70年代のポップロックのマルチ・プレイヤーのイギリスの代表格がポール・マッカートニーなら、アメリカの代表といえるのがトッド・ラングレンです。作詞作曲に編曲、ギターとヴォーカルを中心にベース/ドラム/鍵盤楽器/シンセサイザーまで自ら演奏、録音もミックスも、果てはプロデュースまで自分でこなし、驚くほどのハイペースで上質のポップロックを生み出し続けました。74年からはテープの逆回転やスプーンを叩く音という環境音までを効果音ではなく楽音として音楽に組み込み、アメリカン・ポップスを進化させた重要な仕事を達成。その仕事は、70年代アメリカのポップロックのクライマックスのひとつだったといえるかもしれません。

今回は、トッド・ラングレンの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただきます。

■Nazz / Nazz III (SGC, 1971)

1967年にフィラデルフィアで結成されたポップロック・バンドがナッズです。ビートルズ登場後、シンプルなスリーコードやブルースに収まらない見事な和声進行を持つ楽曲を生み出すポップロック・バンドが英米ともに急増。バッドフィンガー、ブレッド、そしてナッズはポスト・ビートルズの名に値する見事な曲を書きあげました。彼らのサード・アルバムである本作はとくに完成度が高く、フォーク調の美しい曲、ビート・ロック・ナンバー、見事な和声進行を見せるポップ・ナンバー、美しいコーラスと、当時のポップロックに出来る事を網羅した見事な作品でした。

このバンドでトッド・ラングレンは特にギターと作曲で貢献、アメリカを代表するポップ・ミュージックのソングライターとして踏み出します。

■Todd Rundgren / Something/Anything? (Bearsville, 1972)

ナッズ解散後、トッド・ラングレンはのどかなフォークロックをカタログしていたベアズヴィル・レーベルと契約。そして72年にリリースされたのが2枚組の大作となるこのレコードです。

ナッズ時代ののどかで幸せな感覚に満ちたポップ・ロックな路線と4ピース・バンドをベースにした音楽性はそのままに、ナッズでは出来なかった多彩なサウンドが万華鏡のようにあふれ出します。カーペンターズやバート・バカラックなど、70年代のアメリカのポップスは多幸感に満ち、丁寧に作られた上質なものが数多くありましたが、70年代初頭のトッド・ラングレンの作品も間違いなくその中に入るでしょう。

■Todd Rundgren / Todd (Bearsville, 1974)

トッド・ラングレンはドラムもギターもベースもキーボードも自分で演奏するマルチ・プレイヤーとして知られています。また、ナッズ解散からソロ・デビューの間にはレコーディング・エンジニアとしても仕事をこなし、さらにグランド・ファンクなどのアルバムもプロデュース。つまりひとりでスタジオ録音アルバムを完成させてしまう能力を持った音楽人です。その能力が最大限に発揮されたのが2枚組となるこのレコードで、演奏の半分、そしてエンジニアからプロデュースまでトッド本人が務めました。

テープの逆回転とモジュレート音が反復するシンセサイザーから始まる組曲化された冒頭3曲は、ELP『トリロジー』の冒頭にも匹敵するほどに見事です。得意のポップ・チューンにこだわらずにロック・ナンバーも多く取り入れ、ヴァン・ダイク・パークス『ソング・サイクル』やビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』をも凌ぐほどの見事なポップロックのコンセプト・アルバムなのではないかと思います。

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■Todd Rundgren’s Utopia (Bearsville, 1974)

73年から74年にかけてのトッド・ラングレンは、キャリア・ハイともいえる素晴らしい仕事を量産しました。この短期間にトッドはグランド・ファンクの名作『We’re An American Band』をプロデュースし、ソロでは大作『Todd』を発表。これだけ多忙な中で、ポップさを残したプログレッシブ・ロック・バンドであるユートピアまでスタートさせます。このレコードはユートピアのデビュー・アルバムで、30分超の曲を含む、これまた大作となりました。

プログレと言っても初期ピンク・フロイドのような幻想性や『太陽と戦慄』期のキング・クリムゾンのような前衛的な方向ではなく、メドレーのように複雑に移っていく楽曲、高度なトゥッティなど、テクニカルでクロスオーヴァーな楽曲と演奏が身上の音楽が並びます。それまでスタジオに籠ってひとりで作品を作り続けていたトッドの演奏欲求を満たすかのような演奏は、数多くのファンを生み出しました。ソロで繰り広げられた楽曲重視のトッドの音楽とはひと味違うバンド・ミュージックを聴く事が出来ます。

■ナッズのUSオリジナルのレコードは買取り価格も高額必至のプレミア

トッド・ラングレンが広く知られるようになったのは、73年のグランド・ファンクやニューヨーク・ドールズのアルバム・プロデュースからで、ようやく名が知られるようになったのは、本校で紹介した74年のアルバムあたりから。ナッズ時代のレコードは、昔は目にする事も稀な貴重盤でした。かつてほどではないにせよ、今でもナッズが残した3枚のアルバムは高額化しやすく、USオリジナルとなると高額必至、セカンドは2021年7月のネット・オークションで3万円近い値となりました。ソロ以降ではブレイク前の『Runt』『Something/Anything?』は高額化しやすい傾向にあるようです。

もし、トッド・ラングレンのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。