かつて「ジャーマン・ロック」と呼ばれたアモンデュールやカンといったグループの音楽は、今ではクラウト・ロックと呼ばれるようになりました。クラウト・ロックを直訳すれば「酢キャベツのロック」、酢キャベツはドイツ人を揶揄する隠語なので「ドイツのロック」という事になります。ならばジャーマン・ロックのままで良い気もしますが、なぜ言い直したのでしょう。ドイツのロックはのちにシンフォニック・ロックやハードロックも有名になったので、サイケデリック色の強い彼らの音楽を、それらと分ける必要が生じたのでしょう。世代によってはドイツのロックと言ってスコーピオンズやハロウィンといったハードロックだけを思いうかべる人も多いかと思いますが、それらは英米ロックの文化下にあるものであってドイツの独自性を感じるものでもないので、英米にないドイツ特有の過剰さと音楽的素養をはらんだジャーマン・サイケデリックの一群をもってドイツ・ロックと呼ぶ…これは言いえて妙かも知れません。

アシュ・ラ・テンペルは、そんなクラウト・ロックを代表するグループのひとつです。初期はマニュエル・ゲッチング(ギター、エレクトロニクス)、ハルトムート・エンケ(ベース)、クラウス・シュルツェ(ドラム、エレクトロニクス)の3人によるサイケデリック色と即興性の強いロック・バンドでしたが、メンバーの脱退を繰り返しながら、マニュエル・ゲッチングのリーダー・プロジェクトとしての色彩を強めていきました。

今回は、アシュ・ラ・テンペルの名盤や高額買取りレコードを紹介させていただこうと思います。

■Ash Ra Tempel (Ohr, 1971)

このレコードをはじめて聴いたのは学生時代、あるプログレ専門の中古レコード店でのことでした。初期ピンク・フロイドやジェミー・ミューア加入後の脅威の即興演奏を誇るキング・クリムゾンに夢中になっていた頃、店内に流れた不穏きわまる音に惹きつけられました。メロトロンと不思議な旋法が絡みながらその音は次第に高揚していき、最後にフリージャズばりのクライマックスに達した時、私は完全に魅せられていました。プログレはもとより、クイックシルヴァーやアイアンバタフライといったアメリカン・サイケだってひと通りは聴いていたつもりでしたが、ここまで異端で劇性に富んだロックに触れた事はなく、完全に打ちのめされていました。店員に尋ねると、バンド名は阿修羅、ジャケットは何かの思想が背景にあるかのように意味深。そのまま買って帰ったことを昨日のことのように覚えています。

全2曲、いずれも20分近い音楽に見事な起承転結をつけるだけの高い構成力を持ち、高い演奏能力を持つイギリスのハードロック系ドラマーが子供に思えるクラウス・シュルツェのドラムの見事な演奏も記録したこのレコードは、間違いなくクラウト・ロックの代表作のひとつに数えられます。Ohr オリジナル盤は高額必至、海外では9万円超の値段をつけたものを見た事すらあります。セカンド・プレスであっても、2021年7月の日本のヤフーオークションで5万円越えの状態となるなど、発表から50年以上が経過した今でも高く評価されているレコードです。いずれにしても、アートと言っても良い特殊な折りジャケットとなっているLPレコードで持っていたいアルバムですよね。

■Schwingungen (Ohr, 1972)

クラウト・ロックきっての脅威のドラミングを聴かせたクラウス・シュルツェがシンセサイザー音楽を探求して脱退したため、バンドはあの脅威のクライマックス感を演奏によって得る事が不可能となり、再考を迫られます。セカンド・アルバム『シュヴィングンゲン』(邦題:脅威)は、ファースト・アルバム同様のサイケデリックなクライマックス音楽のほか、不穏と美しさの同居する実に幻想的な音楽も生み出す事となり、災い転じて福となすを字でいった作品になりました。

これもドイツのオリジナル盤は高額必至、特にゲートフォールド仕様の初期盤は人気が高く、2021年7月の日本のオークションで4万円越えとなりました。

■Join Inn (Ohr, 1973)

クラウト・ロックがドラッグ・ミュージックとしての一面を持っている事は一聴して分かりますが、実際にLSD研究の権威であったティモシー・リアリー博士と共同でアルバムを制作するなど(サード・アルバム『Seven Up』がそれ)、アシュ・ラ・テンペルは実際にドラッグ・ミュージックを追求した音楽ユニットでもありました。その代償としてベースのエンケがオーバー・ドラッグで廃人となりますが、エンケが最後に参加したアルバムが本作です。

アルバム構成はセカンド・アルバムに似ていますが、幻想的な音楽はさらに美しさと深さを増し、ほとんど瞑想音楽の域に達しています。個人的には、セカンド以降のアシュ・ラ・テンペルでもっとも完成度の高いアルバムだと感じるレコードです。アメリカン・サイケやイギリスのアイドルバンドが作ったサイケと異なるのは、半音進行の入れ替えといったしっかりとした音楽的基盤やキリスト教音楽との関連付けといった音楽的意味を持っている点で、ここにドイツと英米の音楽素養の差を感じます。

■ドイツ盤レコードはいずれも超のつくプレミア状態、それ以外もレコードであれば高額での買取りが期待できる

英米ロックをしのぐ高い音楽性を持ちながら、リリースがドイツ・フランス・日本などに限られ世界発売とならなかったために出回り数が少ない事が理由と思いますが、アシュ・ラ・テンペルのレコードは、ドイツ盤であればいずれもプレミア状態、特にファーストプレスとなれば超がつく値段に跳ね上がります。

もしアシュ・ラ・テンペルのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。