戦後処理における米軍駐留問題にゆれる70年安保闘争とリンクするようにして、日本のジャズは空前絶後の先鋭的な時期へと突入していきました。そこにはモード以降急速に発展したジャズの作曲/即興演奏メソッドへの挑戦も、音楽の技法を根本から問いただした現代音楽の影響もあったでしょう。時代背景も、アメリカに敗戦した日本人がジャズをやることの意味の再考、また音楽を通しての意思や感情の提示という側面もあったでしょう。

こうしたさまざまな要因から、フリージャズが日本で隆盛。純邦楽との融合を目指したもの、現代音楽的な作曲アプローチに挑戦したものなど、いろいろな挑戦がありましたが、もっともフリージャズらしい爆発力ある演奏を行ったのは、山下洋輔トリオではないでしょうか。クラスターを使ったピアノの山下、間違いなく日本人最高峰のジャズドラマーのひとりである森山威男、そして中村誠一や坂田明といったサクソフォニストも以降に名を残し、すばらしいジャズマンの宝庫でもありました。

今回は、山下洋輔の名盤や高額買取りレコードを紹介させていただこうと思います。

■山下洋輔トリオ / DANCING古事記 (麿レコード, 1969)

伝説の山下洋輔トリオの初アルバムは、ライブ録音です。苛烈な演奏で、終始圧倒されます。しかし音圧に圧倒されずに傾聴すると、主題もその発展も明確、見事なコーダもつけられていて、実際には西洋音楽でいうところの大楽節をもつ見事な様式を持っています。構成力という点でいえば、初期山下トリオのフロントを務めた中村誠一のサックスを聴くことができる点も、このレコードの聴きどころのひとつでしょう。

『DANCING古事記』は、音楽だけでなく、70年安保闘争における学生運動の空気を伝える貴重なドキュメンタリーにもなっています。録音場所は安保闘争でバリケードが築かれて封鎖された早稲田大学4号館で、ピアノを運んだスタッフの中には、あさま山荘事件で絶命した人物も含まれていたそうです。レコードは最初に学生によるアジテーションから始まりますが、これをアルバム冒頭に持ってきた点に意図がないわけがありません。

このレコードのレーベルは麿レコード、自主制作に近いもので、LPレコードはリリース当時の69年にプレスされただけです。それだけに大変にレアでプレミア化しており、ジャケットなどにダメージがあっても5000円を越える事があり、帯やライナーの揃った美品となると1万円を越えてくるプレミア盤です。音楽の素晴らしさ、そして戦後昭和史のドキュメンタリーとしての価値などから、今後も買取り価格はあがっていくのではないでしょうか。

■山下洋輔トリオ / フローズン・デイズ (クラウン, 1974)

空前絶後の演奏を聴かせた山下洋輔トリオは、日本で一種の社会現象となりましたが、バンドはドイツのメールス・ジャズ・フェスティバルをはじめとした音楽祭にも進出し、世界にも名を轟かせることになりました。本作は欧州ツアーから帰ってきた凱旋レコードで、スタジオ録音。フロントも坂田明に変わっていました。

山下洋輔トリオといえば良くも悪くもパワープレイに耳が行ってしまいますが、本作は冒頭にビル・エヴァンス以降のジャズ・ピアノと現代音楽が融合したような知的で色彩豊かなテーマを冒頭に持ってきます。このパートが、本作を山下トリオでもっとも知的な作品としたように感じます。また、クラウン・レコード・スタジオで録音されただけあって、録音も実に素晴らしいです。

■武田和命 / ジェントル・ノヴェンバー (Frasco, 1979)

フリージャズを前面に押し出して世に出た山下洋輔ですが、音楽大学で作曲を専攻するなど、実際の音楽的素養は広く、山下トリオを離れれば、映画音楽の作曲、落語とのコラボレーション、ジャズ・ピアニストとしての活動など、ふところの深い活動をしています。そんな山下洋輔によるジャズ・バラードの名演としてあげたいレコードが、武田和命のリーダー・アルバムです。

前半はコルトレーンゆかりのナンバー、後半は武田のオリジナル・ナンバー、全曲スローバラードです。山下洋輔は旧友のために演奏のみならずプロデュースも買って出ており、山下トリオでの演奏が信じられない繊細な演奏を繰り広げます。渋谷毅をはじめと日本の錚々たるバラード弾きと共演していた武田和命の演奏の素晴らしさも絶品で、日本のサックスのバラード集では、土岐英史『The Good Life』に並ぶ名盤ではないでしょうか。

日本には素晴らしい技術を持ちながら、名声を得るには至らなかったジャズマンがたくさんいます。武田和命もそのひとりで、もし山下洋輔との交流がなければ、ライブハウスに通うファンでなければ、ほとんど知られないまま終わっていたかもしれません。それだけにレコードは貴重で、2021年5月のヤフーオークションでは帯つきのレコードが2万2千円の値をつけて落札されていました。

■山下洋輔のレコードは、伝説のトリオ時代がやはり買取り価格が高いか

富樫雅彦、高柳昌行など、フリージャズを演奏した日本人プレイヤーはアーティスト・タイプが多いです。しかし様々な音楽に対応し、また芸能的な仕事のオファーも拒まないミュージシャン・タイプの山下洋輔の場合、レコードによって音楽やミュージシャンに対する評価が大きく変わり、それがレコードの買い取り価格にも影響するようです。現在もアーティスト性が間違いなく評価されているのは、森山威男、中村誠一、坂田明、小山彰太といった錚々たるプレイヤーが参加した初期の山下洋輔トリオのレコードで、特にメジャーレーベルからのリリースでなかったものは希少価値が高く、プレミア化しやすい傾向にあるようです。

もし山下洋輔のレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。