日本人ジャズ全盛期となった1970年に設立され、日本人ジャズを紹介し続けたレーベルが、スリー・ブラインド・マイスです。この名称をきいてアート・ブレイキーのアルバムを思い浮かべられる人はなかなかのジャズ・キャットでしょうが、ブレイキー作品と3人のレーベル創業者を絡めるあたりに高いジャズ熱とセンスの良さを感じます。

スリー・ブラインド・マイスのアルバム制作は1970年から2004年までですが、コンスタントな活動はLPレコード時代であった70年から83年まで。以降は一時制作をやめて、88年からCDにメディアを変えて再始動。しかし作品の発表は散発的になっていきました。

電機メーカーや海外レコード会社などの大資本傘下ではない独立系レーベルで、その分だけ内容にこだわることが出来たのか、メインストリームをカタログの中心としながらもエンターテイメント重視ではない見事なカタログを生み出しました。そうしたレーベルが130タイトルを超える作品を発表し続けたのですから、間違いなく日本の代表的なジャズ・レーベルのひとつと言えると思います。私も大好きなレーベルです。

今回は、そんなスリー・ブラインド・マイスと、その名作レコードを紹介させていただきます。

■今田勝 / ナウ! (TBM-2, 1970)

ジャズ・ピアニストの今田勝は、スリー・ブラインド・マイスから多くのリーダー作を発表しました。その数は10を数え、やはり同レーベルから多くのリーダー・アルバムを発表した山本剛や鈴木勲のそれを上回ります。それだけに、今田勝こそレーベルの看板スターというイメージがあります。本作は1970年に発表されたレーベル第2号アルバムです。

全4曲すべてが今田勝のオリジナル曲という所に、新興レーベルとそこに作品を残すアーティストの情熱を感じます。冒頭とラストがスロー~ミディアム・ナンバー、1曲はサウンドカラーを特定したフリー、そして1曲がドリアン調のモード曲となっており、メインストリーム、モード~新主流、フリーと、ジャズの50~60年代を俯瞰しています。紛うことなきジャズですが、タイム感をはじめ言葉にしにくい様々なところにアメリカのジャズと違う感触があるところが、日本人ジャズたる所以かも知れません。音楽だけでなく録音もなかなかのもので、今となってはヴィンテージ・マイクとなったノイマンの269やU-67を使った、東京のアオイ・スタジオにおけるワンフロア録音は、「ステレオ」誌で70年度の録音グランプリを獲得しました。

スリー・ブラインド・マイスの方針でしょうが、帯を除くとジャケットのどこにも日本語表記がなく、すべて英語で統一されています。レーベル設立当初から、海外でも聴かれるように配慮されていたのかも知れません。そして本作はこの英字表記に微妙な違いが生まれています。70年の初回のレコードリリース時の英字表記は「NOW!!」(TBM-2) と、エクスクラメーションがふたつ。しかし75年からの再発時は「NOW!」(TBM-42, TBM-2502)  とひとつになり、フォントやレイアウトも若干変わります。以降、数度行われたCD化や90年代に入ってからの再発も、どちらのデザインに準拠するのか統一されていません。買取り価格が上なのは帯つきのダブルですが、もちろんシングルでも取引価格は5000円前後超が普当たり前となっている人気作です。

■高柳昌行とニュー・ディレクション・ユニット / メルス・ニュー・ジャズ・フェスティバル ’80 (TBM(P)-5023, 1980)

今となっては日本人フリージャズのビッグネームという印象が強いギタリストの高柳昌行ですが、実際には日本のジャズ黎明期にあって守安祥太郎と並ぶ天才的ジャズ・ミュージシャンであり、またラテン音楽やタンゴのギターの日本人の走りでもあるプロフェッショナル・プレイヤーでもありました。そんな高柳昌行のフリージャズ期というと、コンボ編成となったニュー・ディレクション期が最上、本作はニュー・ディレクションがドイツのメールス・ジャズ祭に出演した際の記録です。

朗読に琵琶のように演奏されるチェロやギターが重なり、バス・クラリネットがうごめき、そして当時のフリージャズどころかロックですら異例ともいえるノイジーなサウンドを出すギターが被さり、信じがたいほどに刺激的な音楽が展開されます。終演後、ドイツの聴衆の拍手が鳴りやまない様は、こうした音楽が決してマジョリティになりえない日本との文化差でしょうか。ニュー・ディレクションは高柳昌行の死後になって評価が高まり、数多くのオーディエンス録音が発表されましたが、リアルタイムで発表されたレコードは決して多くなく、本作はその頂点のひとつと思います。

こうした録音を当時の大資本のレコード会社がリリースするはずもなく、スリー・ブラインド・マイスのような独立系レーベルだからこそリリースできたレコードだったかも知れません。人を選ぶようで、レコードの流通数もそれほど多くはなかったのでしょうが、高い音楽性は後年になってますます人気を集め、いまとなってはこのレコードは帯つきであれば2万円超えはあたりまえ、5万円以上の値が付いたネット・オークションを見かけた事もあります。

■ティー&カンパニー / ソネット (TBM-5004, 1977)

スリー・ブラインド・マイス3人の創業者の中心であった藤井武さんは「ティー」というあだ名で親しまれていたそうです。その名称が冠されたユニット「ティー&カンパニー」はいわばスリー・ブラインド・マイスのオールスター・バンドで、レーベルオーナーの人柄が伝わります。ティー&カンパニーは77年に3枚のアルバムをリリースしましたが、これはその第1作、前述の今田勝や高柳昌行も参加しています。

アルバムによってリーダーの変わるセッションに聴こえるのですが、第1作『Sonnet』のリーダーは恐らく金井英人。黎明期日本人ジャズマンによる伝説の銀巴里セッションでも中心人物のひとりとして活躍したベーシストです。トゥッティが決まるところ、フリーによるパート、フュージョンのようなサウンドになる所など、エレクトリックやフュージョンの波によって大きく変わっていった日本人ジャズの状況がそのまま音になったような面白い音楽でした。なお、恐らく第2作『Dragon Garden』のバンドマスターは森剣治と高柳昌行、第3作『Spanish Flower』は今田勝です。

本作もレコードは高額で、1万円近い値段での取引は当たり前です。また、CDで3作すべてをまとめたものがリリースされた事もありますが、これも実は高額で取引されているようです。

■日本人ジャズのリアルな歩みを記録した名レーベルの名カタログ

スリー・ブラインド・マイスのカタログは、日本でも海外でも現在の方が高く評価されていると感じますが、その最大の理由は「アメリカのジャズとの違い」かも知れません。ジャズ習作期だった当時の日本は、ミュージシャンもプレイヤーもジャズはアメリカが元祖であり本家であるという感覚が強くあって、違いはマイナスの要素に感じられたのかも知れませんが、今の耳で聴くと、少なくとも私にはその違いが文化差という個性に感じます。いずれにしても再評価が高まっているのは間違いなく、このレーベルのレコードが高額化、買取価格も高騰しているのは間違いありません。

もしスリー・ブラインド・マイスのレコードを譲ろうと思っていらっしゃる方がいましたら、その価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。