再発されるレコードなどを購入する際、「リミックス」「リマスター」と銘打たれているものがありますよね。ところでこのふたつの違いをご存じでしょうか。リミックスやリマスター盤はたいがい音質の改善が宣伝されますし、お気に入りのレコードを買い直した経験がある方もいらっしゃるのではないかと思います。両者には元々ははっきりとした違いがあったのですが、リミックスの意味が新たに生まれ、またリミックスに近いリマスターが行われる事もあるため、違いが分かりにくいレコードがある事も確かです。

今回は、「リミックス」と「リマスター」の違いを、なるべく専門用語を使わずに解説させていただきます。

■レコードの元となる録音物には、マルチトラック音源とステレオ(あるいはモノラル)によるマスター音源の2種類が存在する

両者の違いは、レコードになる前の録音には、マルチトラックによる録音物と、ステレオ(またはモノラル)のマスターの2種類が存在する事から生まれます。

私たちがレコードやCD、あるいはストリーミングなどで聴いている音楽は、ステレオ(またはモノラル)で録音されています。ステレオ録音の場合、スピーカーやヘッドフォンの左チャンネル用の音と、右チャンネル用の音のふたつが入っているわけです。

ところが、ミュージシャンがレコーディングを行う際には、楽器の音をそれぞれ録音することが通常です。例えば、ドラム、ベース、ピアノ、ヴォーカル、といった具合です。この時には2つのチャンネルでは足りず、もっとたくさんのチャンネルで録音できるレコーダーが使われる事になります。こうした多チャンネル録音に対応したレコーダーを、マルチトラック・レコーダーと呼びます。

■ミックスダウンという作業の存在

マルチトラック録音をした場合、そのままではCDやLPレコードで聴くことが出来ませんので、それぞれの楽器の音をミックスして、2チャンネルにまとめる必要があります。この作業を「ミックスダウン」「トラックダウン」、あるいは「ミックス」「ミキシング」と呼びます。この作業は、単にマルチトラックのバランスを取るだけでなく、リヴァーブなどのエフェクターをかけるなど、積極的な作業が行われます。

このようにして2チャンネルにまとめられた音源メディアを「マスター」と呼びます。ハードディスク登場以前、マスターにはオープンリールのテープを使う事が通常でした。

■レコード化のためのマスタリング

マスターは曲ごとに制作されます。これをLPレコードやCDなどに収録できる形にするには、曲を並べ替え、音のばらつき(たとえば、曲による音量の違いなど)を整える必要があります。この作業を「マスタリング」と呼びます。マスタリングはすでにステレオミックスされた音源に対する作業となるので、ミックスほどの積極的な作業はできません。

このように、レコード制作には「ミキシング」と「マスタリング」のふたつの作業が存在します。しかし、ミキシングが存在しないレコードも存在します。マルチトラック・レコーダーに収録せずに直接完成形のステレオ・レコーディングをした場合、マルチトラック自体が存在しないためです。この典型は、そもそもマルチトラック・レコーダーが存在しない時に録音された音楽で、40年代から50年代後半の音楽の多くがこれに該当します。

■2チャンネル録音の時代(おおむね1940年から1950年代末まで)

世界的にヒットしながら、マルチトラックが存在しない音楽の典型として、LPレコードの登場で交響曲のような長尺の音楽を自宅で楽しめるようになったクラシックと、50年代に全盛を迎えたモダン・ジャズを挙げることが出来ます。ダイレクトで2チャンネル録音を行っていた時期と音楽の流行が合致していたわけですね。

磁気テープが開発されたのは1938年ですが、そのあたりで第2次世界大戦が起きたため、商業録音でテープ・レコーディングが行われるようになったのはおおむね大戦後です。こうして録音業界は2チャンネルのテープにダイレクト録音される時代となり、その状況は50年代末まで続きます。

■マルチトラック録音の時代

1950年代終盤から、アナログテープにもマルチトラック・レコーダーが出現して先進国の録音スタジオに普及しました。当初は4トラックで、60年代なかばから徐々に8トラックへと変化しました。この時期に該当するポピュラー音楽の代表格がロックです。ビートルズの『サージェント・ペパー・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』やビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』は、オーバーダビングなどを可能としたマルチトラック録音なしでは生まれえなかった音楽だったと言えるでしょう。ちなみに日本のマルチトラック録音は、1970年代初頭からといわれています。ミッキー・カーチス率いるサムライや、矢沢永吉の在籍したキャロルのデビューアルバム『ルイジアンナ』などは、シンプルなロックながらマルチトラック録音によって様々な定位から音が飛び出してきます。

80年代なかばになると、アナログテープ録音だったマルチトラック・レコーダーがデジタル化し、さらに90年代なかばには録音業界全体がハードディスク録音へと移行しました。デジタル録音の初期サウンドは、スティーヴィー・ワンダーやハービー・ハンコックのアルバムなどで聴くことが出来ます。デジタル録音は音質劣化がないと思われるかもしれませんが、マルチトラックはデジタル、マスターはアナログというという時代が20年ほど存在しています。

■つまり、リミックスとリマスターの違いとは

もうお分かりかと思いますが、「リミックス」とは、ミックスをやり直す事で、「リマスター」とはマスタリングをやり直す事です。戦後クラシック録音やモダン・ジャズ黄金時代のレコードにリマスター盤は数多く存在しますがリミックス盤をまず目にしない理由は、ミックスをやり直すためのマルチトラック音源自体が存在しないためです。

リマスターが行われる理由はいくつもあります。元のマスターがアナログテープであるものが多く、劣化のために音質補正を行う必要があるため。アナログ録音のデジタル化のため。マスター制作国以外のプレスの場合(例えば、アメリカ制作のレコードの日本プレスなど)、オリジナル・マスターをコピーしたサブ・マスターが使われる事があり、この改善を図るため。これらはリマスター化の典型的な理由です。

一方のリミックスですが、リミックスという言葉にいくつかの意味が生まれている点に注意が必要です。リミックスするためにはマルチトラックが残っている必要がありますが、仮にマルチトラックで録音されていたとしても、そのテープが残っているとは限りません。多くのレコード会社において、テープの保管義務があるのはマスターであって、マルチトラックにはその義務がないためです。それでもリマスターではなくリミックスが行われる場合、それ相応の理由があります。ただし、著作権における法的根拠が存在するマスターの内容を大きく変更する事になるので、著作権者であるミュージシャンが立ち会うことが多いようです。

元々のリミックスは、バランスをとりなおす、大幅な音質改善を行うといった形のものが多かったです。キング・クリムゾンやレッド・ツェッペリンのリミックス・アルバムがこれに近い作業で、アルバム・タイトルや曲に変更はないものの、音像や楽器間のバランスの変更、部分的にテイクの差し替えなどが行われているものもあります。たしかに、これはリマスターでは出来ない作業です。しかしリミックスはそれだけにとどまらず、次第にソロの差し替え、ダブに近いものもリミックスと呼ばれるようになりました。

■リミックスやリマスターされたレコードの中古盤買取りへの影響は?

リミックスやリマスターの中古レコードの買取り価格への影響は、微妙です。端的に言ってしまえば、リミックスやリマスターどうこうではなく、人気によるといった所でしょうか。考えてみれば、リミックスやリマスターをするにせよしないにせよ、リミックスやリマスターを必要とするマスターのほとんどがアナログ・メディアである以上(おおむね90年代なかばまでがそうです)、劣化する以前にレコードがプレスされたものと、劣化後にそれを修正したリマスターのどちらが良いかは一概には言えません。ただ、デジタル・リマスターの場合、アナログでは修復不能であった所まで修復できるメリットが存在し、一方で一度デジタル化する以上はアナログ盤で音楽を聴く意義自体が失われるのではないかという不安が拭い去れない事も事実でしょう。つまりリミックスやリマスターにも良し悪しがあるわけで、そこにはマスタリングやリミックス作業の出来不出来や、音質に対する好みの問題なども判断材料になってくるでしょう。

良きにつけ悪しきにつけ、リミックスやリマスターによって驚くほど音の変わったレコードが数多く存在します。リミックス盤やリマスター盤への買い替えや聴き比べのために、同一タイトルのレコードを数多く所有していらっしゃる方もいらっしゃるかと思います。そうしたレコードを整理なさる時には、レコードの価値が分かる専門の買い取り業者に査定を依頼してみてはいかがでしょうか。